山﨑陽軒@健全學

観音整体ラボ 整躰司/パーソナルデザイナー 一人一人のからだとことば、くらしのデザイン…

山﨑陽軒@健全學

観音整体ラボ 整躰司/パーソナルデザイナー 一人一人のからだとことば、くらしのデザインを整えることで、パーソナルイノベーションを実現。 だれもが持つクリエイティブな力を活用できる場づくりを目指します。 健全をしくみ化し書籍としてまとめ、『健全学大全』シリーズを出版。

最近の記事

レイバー、ワーク、アクション

前回「労働」がlaborの約語であるのに対して「勤労」はworkの訳語だということを書きましたが、今回はもう少しレイバーとワークについて掘り下げていきたいと思います。 Laborはもともとラテン語のlabor(名詞)laborare(動詞)が語源で、「骨の折れる仕事」という意味を持った言葉です。 Laborには「労働」のほかに「分娩」「陣痛」という意味もあり、「痛くて辛いこと」というニュアンスを示しています。 ギリシャ神話に出てくるシシュポスは、神々を欺いた罰として、ゼウ

    • 仕事、働、職、生業、労働、勤労

      「社会的健康のなりたち」のうち、「社会」に続く2番目の項目は「仕事」すなわち「働く」ことです。 「仕事」「職」「職業」「生業」「労働」「勤労」など、「働く」ことはいろいろな言い方で表現されますが、ある人物が社会の中の特定の位置にあって特定の役割を果たすことを言い、その人物の「社会的健康」にとって大きな意味を持つ行為です。 社会の中においての居場所やあり方が定まることで、初めてその人は「健康」な状態になることができるのです。 しごとの「し」は動作や行為することを表すサ変動詞

      • コラボレーティブ・コモンズ

        経済社会理論家のジェレミー・リフキンは、「限界費用ゼロ」の経済が急速に拡大し、わたしたちが生きていく上で必要な商品やサービスは、ほぼ無料で入手できるようになるになるだろうと予測しています。 市場経済の下で活動しているすべての企業は、技術革新を通じて生産性を向上させ、製品一個あたりを生産する限界費用を削減することで価格を下げ、競合他社との競争に勝ち抜こうという強い意志を持っています。 手工業の工房を組み立てラインに置き換え、組み立てラインの作業員をロボットに置き換えることで、生

        • ゼロ・マージナルコスト・エコノミー

          暗黒の木曜日1929年10月24日に起こったニューヨーク株式市場大暴落の直前、ジョン・メイナード・ケインズはケンブリッジ大学で「孫たちの経済的可能性」というテーマで講演をしました。 そして世界恐慌真只中の1930年、この孫たちの時代についての経済的予言を小論として発表しています。 「生活水準は100年後には、現在の4倍から8倍も高くなっている」 「経済問題は100年以内に解決する」 技術的効率性が年2%の複利で高まれば、世界の資本は100年で7.5倍に増え、農業・鉱業・製造業

        レイバー、ワーク、アクション

          「ま」と「あわい」

          7世紀の初め、聖徳太子が「和を以て貴しと為す」という国の規範を掲げて以来、シナに「ゆだね従っていた」倭国は、シナと「対等に存立し調和する」和国となりました。 「和」という文字の禾(のぎ編)は軍門に立てる標識を、口は誓いの文書を入れる箱を表し、敵対するもの同士が和議を結ぶということを意味します。 「なごむ」「やわらぐ」「あえる」と読む「和」の字には、互いに対立するものや相容れないもの同士を和解させ、調和させる力が秘められています。 この言葉は縄文以来1万年以上保ち続けてきた、列

          「ま」と「あわい」

          「わ」になっておどろう

          日本が「日本」になるずっと以前、この列島界隈の人々は自分たちのことを「わ」と名乗っていました。 それは多分「われ」「われら」ということを意味していたのでしょう。 あるいは自分たちが暮らしていた環濠集落のことを指して、「わ」と言ったのかも知れません。 いずれにしても彼らと対面したシナの官僚たちは、この音に「倭」という字を当て、彼らのことを「倭人」、彼らの国のことを「倭国」と書き表しました。 はるばる海を渡って朝貢に来た東夷の蛮族の、見るからに恭しげな様子に、「倭」と名付けたのだ

          「わ」になっておどろう

          世間と人間の「あいだ」

          「世間」はもともと仏教の言葉で、サンスクリットのloka(場所・領域)、laukika(世俗)を漢訳したものです。 世の絶えざる破壊、転変、遷流を表し、また出家して修行僧となるのではなく俗世間に留まっていることを指します。 この原義から派生して、人の世や世の人々のことを示す言葉となりました。 「人間」も、もともとは仏教用語で、mamusya(世の中)の漢訳です。 人が生まれ変わり死に変わる六道輪廻の世界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)を指していました。 中国語では「レ

          世間と人間の「あいだ」

          社会(ソサイチー)の窓

          ヨーロッパ近代文明を背景として生まれた「ソサエティ」という概念は、「個人」や「市民」、「国家」、「資本主義経済」などの考え方とセットで成り立つものでした。 そのため明治初期の日本人にとって、この概念を理解し受け入れることは、世界の見方に関してのコペルニクス的転換が必要だったと思われます。 明治のはじめ岩倉具視使節団に秘書として随行した久米邦武は、ワシントンにおいて『米国憲法史』を訳出しようとしたとき、一番困ったのが「ソサイチー」と「ヂョスチス」だったと回顧しています。 「

          社会(ソサイチー)の窓

          ソシエテ!えらいひと

          この章では「社会的健康のなりたち」ということをテーマとしているのですが、そもそも「社会」とは何でしょう? 日本語の「社会」は英語の「ソサエティsociety」やフランス語の「ソシエテ société」の訳語で、明治の文明開化とともに西欧世界から輸入された概念です。 ソサエティに社会という言葉を当てはめた経緯については次回以降に譲るとして、ここではソサエティというものの成り立ちについて書こうと思います。 Societyやsociétéという語は、ラテン語のsocius(仲間

          ソシエテ!えらいひと

          ヂ。-人類の運動について-

          タウマスThaumasは母なる大地の神ガイアと、ガイアが一人で産み落とした海の神ポントスが交わってできた子で、「不思議」「驚異」を表す神です。 プラトンはこのタウマスと同じ語幹を持つ「タウマゼインthaumazeinこそが哲学者のパトス(情念・気持ち)であり、これ以外に哲学のアルケー(根源)はあり得ない」と述べています。 アリストテレスも「今も昔も人々は、驚異の念に導かれて哲学することを始めたのだ」と語りました。 わたしたちが日常の中で当たり前に感じていることや、普通だと思っ

          ヂ。-人類の運動について-

          21世紀のシフォン

          50数年前ローマクラブのアウレリオ・ペッチェイは、人口が指数関数的に増えるのに対して資源や食糧生産は算術的にしか増えないため、一人当たりのGDPは減少に転じざるを得ず、地球経済は近い将来破綻するかもしれないと考えました。 1972年のローマクラブのレポート『成長の限界』はその翌年起きた石油ショックを予言する書となり、21世紀人類社会のプラネタリー・バウンダリーからの逸脱をも予言していました。 『成長の限界』が発刊される前年にパリ郊外で生まれたトマ・ピケティは、資産によって得ら

          21世紀のシフォン

          どーなっつてるの、この星は?

          宇宙のどこか、地球によく似た惑星の北半球に、「どーなっつ島」はあります。 まるいどーなっつの形をしたこの島には、山あり、海あり、滝あり、湖あり、とても自然に恵まれたユートピアで、そこでは子どもたちが歌ったり踊ったり、毎日を楽しく遊んで過ごしています。 そのどーなっつ島の内側にいる限りにおいて、楽しく遊ぶ毎日はサステナブルに続きます。 どーなっつ島のバウンダリー内で暮らしているということは、SDGsの目標を達成しているということを意味しているのです。 イギリスの経済学者ケイ

          どーなっつてるの、この星は?

          MDGsとSDGs

          新たな千年紀が幕開けした2001年、リオデジャネイロでの地球サミットから、ニューヨークでの国連ミレニアムサミットまでに採択された、主要な国際開発目標を統合した世界共通の枠組みとして「ミレニアム開発目標MDGs:Millennium Development Goals」がまとめられました。 ここでは2015年までに達成すべき8つのゴールと21のターゲット項目が掲げられ、193の国連加盟国すべてと23の国際機関がそれらの目標を達成することに合意しています。 目標1:極度の貧困

          我ら共有の未来

          日本ではNTTが上場し、「バブル景気」という言葉が世に出回り始めた1987年、国連はオックスフォード大学出版局を通じて1冊の報告書を出版しました。 『Our Common Future 我ら共有の未来』というタイトルのこのレポートは、ブルントラント報告書(the Brundtland Report)としても知られています。 元ノルウェー首相でWCED:World Commission on Environment and Development(環境と開発に関する世界委員会)

          我ら共有の未来

          『成長の限界』とオイルショック

          資本主義国家群や共産主義国家群が軒を争うようにGDPの拡大を競い合う中、資源や食糧生産は算術的にしか増えないのに対して、人口はマルサス的に増えるため、一人当たりのGDPは減少に転じざるを得ず、地球社会は近い将来破綻するかもしれないと考えた人がいました。 オリベッティ社副会長のアウレリオ・ペッチェイです。 ペッチェイは1970年、世界各国の元・現首脳や国連事務総長、各分野の学識経験者など約100人に声かけしてNPO「ローマクラブ」を発足し、システムダイナミクス開発者のジェイ・ラ

          『成長の限界』とオイルショック

          GNP、GDP、GPI、GNHにIPI

          1901年ロシア帝国でユダヤ人銀行家の子として生まれたサイモン・クズネッツは、1922年にアメリカへ家族と共に亡命し、1926年コロンビア大学で経済学の博士号を取得しました。 NBER:National Bureau of Economic Researchの研究スタッフとしてキャリアをスタートした彼は、国民所得に関する研究をしていましたが、あるとき連邦議会から、大恐慌によって失われた経済規模を計測するよう依頼されます。 米国政府は当時、深刻な不況から抜け出すための方策を見つ

          GNP、GDP、GPI、GNHにIPI