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融合 超越者たち

アブラハム・マズローはその著書『人間性の心理学 Motivation and Personality』の中で、自己実現の研究対象として故人生人含め数十名の事例を挙げています。
1954年に発行された初版では、若者20名を含めた50名ほどが対象となっていましたが、1970年の改訂版ではアイデンティティを確立した年配者に限定し、対象者数も60名程度に増やしています。
ここでは超越者候補として挙げられている自己実現者たちのうち、「歴史上の人物でかなり確実な者」2名と、「公人および歴史的人物で非常に可能性のある者」7名の計9名について、それぞれどんな人物であるかを調べてみたいと思います。

【歴史上の人物でかなり確実な者】
1) トーマス・ジェファーソン(1743~1826)
 アメリカ合衆国建国の父の一人で、第3代大統領。ジェファーソン流民主主義の名祖とされ、イギリス帝国主義に対抗し君主を持たない共和制政治の理想を追求した。彼が起草した「アメリカ独立宣言」初稿の前文では、「全ての人は平等かつ独立して創造され、平等に創造されたことから固有で不可分の権利を得られ、その中でも生命、自由および幸福の追求の権利が守られる」と、人民の生来持つ権利について高らかに謳っている。

2) エイブラハム・リンカーン(1809~1865)
第16代アメリカ合衆国大統領で、国内では「史上最高の大統領」と目されている。連邦を離脱した南部諸州の奴隷たちを「奴隷解放宣言」によって解放した上、北軍兵として大量に採用し南軍に当たらせて南北戦争を終結させた。ペンシルベニア州ゲティスバーグでの演説では、「人民の、人民による、人民のための政治を地上から絶滅させない」と語り、合衆国における新しい自由と民主主義の将来像を人々に印象付けた。

【公人および歴史的人物で非常に可能性のある者】
3) アルベルト・アインシュタイン(1879~1955)
「ニュートン以降最高の物理学者」と評され、ノーベル物理学賞を受賞した光電効果の解明や、特殊相対性理論、一般相対性理論の提唱などの業績で知られるが、人類に対する一番の功績は、時間や空間に関する世界認識のパラダイムを一段上の階層に引き上げたことにある。「宇宙的宗教感覚」と自ら名付けた、自然の崇高さに対する神秘的感覚を体験することで、「自然法則こそが神である」という考えを持つに至った。

4) エレノア・ルーズベルト(1884~1962)
アメリカ合衆国第32代大統領フランクリン・ルーズベルトのファーストレディ。ルーズベルト政権の女性やマイノリティに関する進歩的政策は、ほぼ彼女の発案だったとされる。夫の死後発足した国際連合の第1回総会代表に指名され、人権委員会初代委員長として「世界人権宣言」を起草した。同宣言では、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」と謳っている。

5) ジェーン・アダムス(1860~1935)
脊髄手術のためフィラデルフィア女子医大を中退し、ロンドンのトインビーホールでの実習体験から構想したハル・ハウスという労働移民のためのセツルメントをシカゴ貧民街に創設。地域福祉や社会改革事業の拠点として、多くの女性たちと共に市民運動や平和運動を実践し、ソーシャルワークの先駆となった。世界初の女性の平和団体である、婦人国際平和自由連盟の初代国際会長となり、ノーベル平和賞を受賞した。

6) ウィリアム・ジェームス(1842~1910)
 20世紀初頭よりアメリカ思潮の主流となったプラグマティズムの代表的思想家であり、米国初の心理学研究室を設けて講義をした「心理学の祖」。また超常現象や神秘体験の先駆的研究者としても知られる。「全ては自分次第で変えられる」とし、「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。」との言葉を残した。

7) アルベルト・シュバイツァー(1875~1965)
 アフリカ赤道直下に位置するガボン共和国ランバレネで、医療活動に生涯を捧げ、「密林の聖者」と呼ばれた。すべての生物が持つ、生きようとする意思を尊重し、「生命への畏敬」という概念で表した。アフリカでの献身的な医療奉仕活動によりノーベル平和賞を受賞。晩年には子どもたちへの遺伝的影響の懸念から、アインシュタインらと共に反核運動に参加し、ヒューマニストとしての精神を世界的に知らしめた。

8) オルダス・ハクスリー(1894~1963)
 人類が培養ビンで工業的に製造され、大量生産大量消費を至上の価値とする、世界統制官によって管理されている未来社会を描いたアンチユートピア小説『すばらしい新世界』などの作品で知られる作家。古今東西の神秘主義思想に通じ、『永遠の哲学』では、あらゆる民族や文化に共通する真理として物理的世界を超越した究極的なリアリティについて考察し、『知覚の扉』は60年代意識革命を引き起こす発端の書となった。

9) バールーフ・デ・スピノザ(1632~1677)
 17世紀オランダのユダヤ人哲学者で、デカルトやライプニッツらと共に、ヨーロッパ社会を近代合理主義に方向転換させるための思想的背景となった。神即自然の汎神論を根本思想とし、超越神を排除した世界観を提示したため、ユダヤのシナゴーグから追放され、キリスト教会からも異端者として攻撃された。聖書を解釈した『神学政治論』が禁書とされ、主著『エチカ』などの著作は、没後に遺稿集として出版された。

アメリカ中心的な選考の偏りは見られるものの、錚々たる面々が並んでいます。
これら9名はいずれも単に能力の高い実務家ではなく、高い理想を持ち、社会から強い抵抗を受けながらも、その理想を追求し続け、ついには社会そのものの成長に寄与した人たちです。
彼らの考え方や行動には、他者の存在に対する私心のない純粋な愛情(B -love)が観察されるとマズローは言います。
彼らの行動に対する動機付けは、安全や愛や尊敬といった通常人の欲求とは全く異なる次元のもので、マズローはこれを「メタ欲求」と呼びました。

自己実現者の中でも「至高体験」のない者は、実務的、能率的で、世の中において物事を上手に行うことに長けていますが、至高体験のある「超越者」たちは、「単に健康なだけ」ではなく、「詩や美学,哲学、宗教,神秘的な信条,個人的・非制度的な方法,そして最終経験の世界に生きる傾向がより強く見受けられる」とマズローは特筆しています。
ヒトは至高体験を通じて、存在それ自体が持っている真・善・美・全体性・完全性・独自性・豊穣で素朴であることなどの総体を認識し、その「存在価値」を体現化しようとする存在になるのだということです。
次回はヒトを「超越者」へと成長させる、至高体験=ピーク・エクスペリエンスについて書こうと思います。

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