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我ら共有の未来

日本ではNTTが上場し、「バブル景気」という言葉が世に出回り始めた1987年、国連はオックスフォード大学出版局を通じて1冊の報告書を出版しました。
『Our Common Future 我ら共有の未来』というタイトルのこのレポートは、ブルントラント報告書(the Brundtland Report)としても知られています。
元ノルウェー首相でWCED:World Commission on Environment and Development(環境と開発に関する世界委員会)の委員長グロ・ハーレム・ブルントラントらがまとめたものだったからです。
 
このレポートではまず、温室効果による気温の上昇や、地球規模で進行している環境の汚染と破壊を訴え、その背後には富裕層による資源・エネルギーの過剰消費と、貧困から生まれる環境の酷使の両面があるとしています。
そして人類がこうした開発と環境悪化の悪循環から抜け出すためには、「持続的な開発」の道程に移行することが必要であるといいます。
持続的開発の実現のためには、地球環境への圧力を制御し得る方向に世界経済の再編成をすることが求められ、各国及び国際的活動団体が未来のための認識と行動を共有すべきであると結論します。
 
このブルントラント委員会の報告書で注目すべきは、「Sustainable Development持続可能な開発」という概念を、初めて国際社会の基本方針として公に打ち出したことです。
そしてその定義を「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」としました。
資源や環境などの「世代間の公正」と共に、経済格差や南北格差などの「世代内の公正」の実現の重要性を示し、「経済発展」を目的とした成長ではなく、「持続可能性」を目指した「人間中心の発展」の在り方にシフトすることを高らかに謳っています。
環境と開発は互いに反するものではなく、共存しうるものとしてとらえ、環境保全を考慮した節度ある開発が重要であるという考えに立っています。
 
WCEDは1984年、国連総会での決議に基づいて設置されましたが、これはもともと日本が提案し資金提供したものでした。
1982年の国連環境計画(UNEP: United Nations Environment Programme)管理理事会特別会合(ナイロビ会議)において、日本国の原文兵衛環境庁長官が、地球環境問題を検討する特別委員会の設置を提案し、1983年12月の国連総会で承認されたのです。
その設置目的は「21世紀における地球環境の理想の模索とその実現に向けた戦略策定を任務とする」というものでした。
 
委員長候補にはカーター前アメリカ大統領やヒース前イギリス首相らの名前も挙がりましたが、デ・クエヤル国連事務総長はブルントラントを指名しました。
35歳にして当時のブラッテリ内閣の環境相として任命され、国内的・国際的な環境政策の実践をもって、その後ノルウェー初の女性首相に選ばれたという、彼女の実績を買ったのです。
WCED委員の一人でありOur Common Futureの邦訳『地球の未来を守るために』を監修した大来佐武郎は、そのはしがきに「委員長のブルントラント・ノルウェー首相は多忙な国内業務の間をぬって報告書の取りまとめに尽力されたが、その情熱と卓抜した指導力は委員の高い信頼を得ることになった」と書いています。
 
「持続可能な開発」という考え方はこうして地球社会に登場し、1992年リオデジャネイロでの国連環境開発会議(UNCED:United Nations Conference on Environment and Development)、通称「地球サミット」の開催へとつながりました。
この会議には当時のほぼ全ての国連加盟国172カ国の政府代表が参加し、そのうち116カ国は国家元首でした。
その他世界各国のNGO代表2,400人も参加するなど、かつてないほどの大規模な会議となりました。
そこでは「環境と開発に関するリオ宣言」が合意され、持続可能な開発に向け地球規模のパートナーシップの構築を目指すことが定められました。
同時に環境分野での国際的な取組みに関する行動計画である「アジェンダ21」や「気候変動枠組条約」「生物多様性条約」「森林原則声明」が採択され、翌年にはアジェンダ21実施のために、持続可能な開発委員会(CSD:Commission on Sustainable Development)が設立されました。
 
当時12歳だった日系カナダ人のセヴァン・カリス=スズキも「子供環境団体ECO:Environmental Children's Organization」代表としてこの会議に出席し、後に「世界を黙らせた5分間」と呼ばれることになる伝説のスピーチを行いました。
「大人のみなさん、どうやって直すのかわからないものを、壊し続けるのはもうやめてください。」
「私は、あなたがた大人がこの地球に対していることを見て、泣いています。それでも、あなたがた大人はいつも私たち子どもを愛していると言います。本当なのでしょうか?もしそのことばが本当なら、どうか、本当だということを言葉でなく、行動で示してください。」
 
「地球サミット」が開催された1992年は、ローマクラブの『成長の限界』出版から20年後にあたります。
著者のドネラ・メドウズ教授らは、この年『限界を超えて:生きるための選択』を発表し、その中で「成長」と「発展」の違いについて述べています。
「成長する」とは物質を吸収し蓄積して規模が増すことを意味し、「発展する」とは広がる、もしくは何かの潜在的な可能性を実現することであり、より完全でより大きくより良い状態をもたらすことを意味します。
何かが成長する時には量的に大きくなりますが、発展する時には質的に良くなるか少なくとも質的に変化し、量的な成長と質的な発展は、まったく異なる法則に従っています。
この地球も46億年もの間、成長することなく発展を続けており、われわれの社会に必要なのも成長ではなく発展であるということです。
「経済の成長」から、「地球全体の持続可能な発展」に向けた、戦略的で本質的な社会変化が急務の課題となったのです。

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