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Qkurt

東京には"隠れ家"と呼ばれるイタリアンがいくつもある。たいてい駅から離れていたり、住宅街に紛れ込んでいたり。この店は駅の目と鼻の先なのにわかりにくい。灯台下暗し。

飯田橋駅から徒歩5分。住んでいる人すら、こんな路地裏があったの?と驚く秘密結社な場所。おまけに看板がないので初見では必ず通り過ぎてしまう。この洗礼を受けて門をくぐる。

Qkurt(カート)を初めて訪れたのは2023年の12月16日のクリスマス会。外国映画で見るような巨大なテーブルがドーンと1つ。全員が同じ台を共有する。カート・コバーンからとった店名、ロックと真反対の落ち着いた店内。流れるニルヴァーナの曲。

お店の名刺であるグラスには軽やかで力強い重力のあるロゼワイン。ロゼがこんなに豊穣な雫とは。お酒に弱くなければ、いつまでも匂いをかいでいたい。グラスを回していたい。

ひと皿ごとにフォークやナイフを変えない。コース料理は小さな旅。最後で旅に付き合ってほしい。どこどこ産と、素材を自慢するお店ではなく、我が子を紹介するような食材への愛情とリスペクトに溢れている。

筋斗雲の浮遊力のクリーム。食べる直前に巻いてテーブルへ旅する。 生地もクリームも苺も、動いていないのに踊っている。 デザートに手を抜くコース料理の店が多いが、お客様と別れる最後に手間をかける。おもてなしの真髄。

再訪は2024年3月30日、お花見会。おしぼりと水だけで人を感動させられる。重量のあるグラスに白ワインのような水。器にも接客してもらい第一印象を上げる。恵方巻きのように太くハーブ薫るおしぼり。常盤(ときわ)色の深い緑。これだけで酔わせてくれる。異空間へいざなう食前酒。

まだ開花していなかった代わりに、お店が用意してくれた桜色のロゼワイン。バルーンのように浮遊する。

舌で溶けるサクサク。 桜色の生ハム、雫のようなバター、香ばしい食感のブルスケッタ。 前菜が役割を心得、物腰の柔らかい接客。それでいてメインディッシュを超える気概。あとの料理をウイニングランにしてくれる。

さっきまで太平洋で泳いでいたような息吹。刺身でも焼き魚でもない無色透明な潔さ。島国で生まれたことへの祝祭。

桜海老の強烈なフェロモン。芳香に負けないよう太麺のスパゲットーニ。匂いは強烈、それでいて味は淡い。麺もアルデンテではなく、極限まで柔らかく。アルデンテ信仰を斜陽させてくれるパスタ芸術。

アスパラが春を運んでくれる。リゾットという名のプリーズ・ミスター・ポストマン。 Qkurtは無駄に大皿を使わない。大きく見せない。風呂敷を広げない。 小さい世界を愛す。小さい宇宙を広げてくれる。

息もできない赤。口に触れた瞬間、アッパーカットのように脳天まで蜃気楼が広がる。白、ロゼ含めて最も強烈。 去年のXmasはロゼを、今年はワインレッドの心を教えてもらった。

この日の春一番。メインイベンターであることを自覚している千葉県産の猪豚。お肉とソースが互いに旨味を譲り合って舌を撫でる。Qkurtのご夫婦のような夫婦岩。

このデザート、濃厚につき。 これまで控えめな味付けで旅をしてきたのに最後の最後で主張してくる。ラストダンスは私に。

特別に見せることじゃなく、自然体でいることが何よりも特別。Sweet Dreams。

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