キャッシュレス社会と現在の自分(後編)

キャッシュレスとApple Pay

 2014年10月20日、AppleがiPhone 6 / 6 Plusの発表と同時にApple Payのサービスを発表した。これは日本で展開されているおサイフケータイや電子マネーのようなNFC Type-F いわゆるFelicaによる非接触決済とは異なり、NFC Type-A / Bによる非接触決済であった。従来より、日本でもNFC-A/Bによる非接触認証の技術は存在しており、たばこの自動販売機のtaspoやIC運転免許証などに使用されていることは私でも知っていた。ただ2014年現在の日本ではクレジットカード本体に搭載されたNFC-A/B(現在でいうコンタクトレスやタッチ決済)はほとんど無く、この報道が出ても日本で普及することはないだろうと考えていた。
  同時期にGoogleでもAndroid Payが発表され、SAMSUNGからはSamsung Payも[10]発表されたが印象は同じものであった。[11]日本ではiDやQUICPayなどのFelicaが幅を利かせており、すでにガラパゴスな存在となっていた。そのような業界に通信速度などで劣っていたNFC-A/Bでの決済が置き換わるとは考えにくかった[12]のである。案の定Apple PayやAndroid Pay、Samsung Payは日本ですぐにサービスが始まることはなかった。しかし、この動きはクレジットカード、デビットカードなどに留まらず、銀行や金融業界全体を巻き込むDXのムーブメントの始まりだったのである。

日本におけるApple Pay Google Pay

  2016年10月25日、AppleはiPhone 7 / 7 PlusにFelicaを搭載し、Apple Payが日本のSuicaに対応するというニュースが入ってきた。リークの段階から最新のiPhoneにSuicaが搭載されるという噂は流れてはいたが、私は最後までそれを信じていなかった。いくらiPhoneの日本におけるシェアが高いとは言っても日本はただの東アジアの島国である。そんな場所のガラパゴスな決済サービスを全世界で展開しているiPhoneに搭載することは当然考えられないから[13]である。後から考えれば、これがSuicaを含めたFelica優位であった日本の電子決済が世界標準にシフトしていく転換期であり、その引導を渡したのがiPhone 7シリーズだったのかもしれない。[14]
 同じ年の12月13日、GoogleがAndroid Payの日本上陸を発表した。対応するのは楽天EdyのみでFelicaを搭載したAndroid 4.4 Kitkat以上のAndroidスマートフォンのみで使用できるシステムで、発表当初からiDやQUICPayなどの対応も一部始まっていたApple Payと比べるとかなり魅力に欠けるサービスリリースであった。しかし同時に公開されたAndroid Payのプロモーションビデオには衝撃を受けた。

Google Payとの出会い

 https://youtu.be/DHQUzGAnXSI←非公開になったAndroid Payの公式プロモーションビデオ
 この動画ではAndroid端末を使ってコーヒーを買い、ガソリンスタンドで決済をし、砂浜へ遊びに行く若者の日常が描かれていた。そこでは(明らかにキャッシュレスはおろかクレジットカードすら対応していなさそうな)個人経営のようなコーヒースタンドで楽天Edyで決済していたり、スマートフォン一つで決済をしている姿はまさにスマホ決済の未来を私に実感させた。[15] 現在この動画はGoogle公式YouTubeチャンネルより非公開になっているため、再び見ることができないのは非常に残念ではあるが、またどこかの機会で見ることができれば幸いである。
 当時からすでにAndroidをメインで使用していた私であったが、これを機にメインのスマホ決済をAndroid Pay(それに続くGoogle Pay)と定め、これをベースにスマホ決済を行なっていくことになる。

Kyashとキャッシュレス

 2018年、Kyashという決済送金プラットフォームが始まり、一部で使用してる人が出始めた。au PAYプリペイドカードやdカードプリペイドと同じくVISAカードベースのチャージ式プリペイドカードであったが、ポイント還元率やその利便性の高さからキャッシュレス界隈では瞬く間に普及率が高まった。またこの当時普及率の高まりを見せていたQRコード決済の中で、Origami Payという決済サービスが注目を集めた。Kyashと組み合わせることにより、最大で2%の高還元率をたたき出したからである。
 結局Origami Payを運営していたOrigamiは2020年にメルカリに買収され、そのテクノロジーやサービスはメルペイなどに生かされることはなく幕を閉じた。実際に私がKyashとOrigami Payを組み合わせた決済を行なうことはなかったが、私が今でもメルペイの残高を一定数保有しているのはそのときの名残である。
 

QRコード決済

 時代の流れが次第にQRコード決済優位に傾く中、私はなぜかQRコード決済に興味を持つことはなかった。単純にアプリを開いてQRコードを店員に見せることや、店のQRコードを読み取って金額を手動入力し、店員と相互確認しながら決済を行なう方法が煩わしいという思いはあったが、それ以上に先述したAndroid Payの公式プロモーションビデオが頭の中にあり、スマホ決済の本質はコンタクトレスやタッチ決済であるというイメージが残っていたからだろうか。

社会人とキャッシュレス

 本格的にキャッシュレスに乗り出したのは社会人になってからである。やはり自分の給与所得を自分で管理できるようになれば、クレジットカードの管理や口座の管理の自由度が効くからである。
社会人になって給与口座として開設したのはりそな銀行であった。実家のメイン口座が埼玉りそな銀行だったのもあり、当時所属していた会社でも給与振込対応行として指定されていたからである。
銀行の窓口にて口座開設の手続きを進め、担当者よりキャッシュカードを受け取ったとき、その券面をみて私は驚いた。右上にVISAの文字とその下にWi-Fiのマークのような電波のマークがあったからである。これが私のデビットカードとの出会いである。[16]
 

キャッシュレスとデビットカード

 りそな銀行は2013年より通常バージョンのりそなVISAデビットカードを発行し、2017年よりVISA payWave(現:VISAのタッチ決済)に対応したカードを発行開始していた。これより前の2016年にはネット銀行などを中心にVISAのタッチ決済に対応したカードが発行され始めていた。クレジットカードにおいても国際ブランドのVISAの後押しにより、VISAのタッチ決済が搭載されるカードがかなり増えてきた。
 この時開設したりそな銀行の口座には通帳が存在せず、発行されたカードもデビットカード一体型のカード1枚だけであった。今までの銀行のイメージとは異なり、まるでネット銀行の口座を開設したような感覚であった。[17] また、残高の管理もアプリですべて簡潔しATMに通帳記入を随時行わなくて済むのは非常に楽だった。
 また、りそな銀行の1口座だけではさまざまな生活費の決済など不都合が生じることや、のちの一人暮らし時になるべく生活費の出費を抑える目的があったことから、さらにもう一行口座を開設することにした。その際に白羽の矢が立ったのが住信SBIネット銀行である。当時住信SBIネット銀行は唯一国際ブランドがMastercardのデビットカードを発行していた。[18]また、タッチ決済であるMastercardコンタクトレスにも対応しており、まさに最新鋭ともいえる銀行のサービスであった。またデビットカードであるにもかかわらず空港ラウンジサービスや保険などの特典が入ったプラチナカードのサービスもあったことが発行した目的の一つであった。
 Android Payから名前が変わったGoogle Payになって、初期では楽天Edyしか使えなかったものがSuicaやWAON、nanaco、iD、QUICPayなどさまざまな決済サービスに対応するようになった。おサイフケータイと機能はほぼ同じになり、当時のApple Payと比較してもようやく追いついた格好となった。しかしそれでも課題はあった。それがコンタクトレス決済である。
 先述の通りGoogle PayやApple Payは欧米でのクレジットカードのコンタクトレス決済をスマホ1台に収めることを目的にしたプラットフォームである。本来の使い方としてはFelicaではなくNFC-A/Bでのコンタクトレス決済というのが正しいため、日本のガラパゴスな状況は変わっていなかった。それが少しずつ変化していったのが少しさかのぼる2019年11月である。Google Payが一部のデビットカードにおいてVISAのタッチ決済が使用可能になったのである。このことでiDやQUICPayを介さずに決済が可能になり、さらにはおサイフケータイ(Felica)非対応の端末でもスマホ決済が可能となった。これはおサイフケータイが業界を席巻していた日本において大きな変化といえよう。
 先述したりそな銀行のカードもGoogle Payに読み込ませると、iDやQUICPayではなく「非接触決済」と表示されるのは非常に喜ばしいことであった。[19]

住信SBIネット銀行

 2022年4月19日、住信SBIネット銀行のデビットカードの券面が変更し、Mastercardのデジタル・ファースト・プログラムに対応したデビットカードサービスに移行するというニュースが発表された。従来、住信SBIネット銀行のデビットカードはGoogle PayはおろかApple Payにすらも対応せず、カードを持っていなければコンタクトレス決済を行なうことができなかった。[20] デビットカードにてすでに一部の銀行ではコンタクトレス決済に対応していたGoogle Payにおいて、かなり銀行としての魅力に欠けるところであった。券面変更と合わせ、スマホ決済対応の機運が一気に高まった瞬間であった。[21]
 5月19日には住信SBIネット銀行のデビットカードがGoogle Payに対応したと発表された。これはMastercardコンタクトレスにおいて日本初となり、Android端末においても完全カードレスにて決済やATMでの取引が実現するということになり、住信SBIネット銀行は銀行のDXにおいて一歩先を行く存在となった。[22]

まとめ

 ここまで私のキャッシュレス決済の遍歴と日本でキャッシュレスやスマホ決済が浸透していく様子を振り返ってみたが、やはりそこには日本ならではのガラパゴスさやそれに対して国際標準をどう食い込ませるかといったカード会社やプラットフォーマーの駆け引きがよく表れていると考える。まだまだGoogle PayはApple Payに対して優位とは言えない状況ではあるが、私はこれからもGoogle Payの進化、さらには新しいサービスであるGoogle Walletに期待したい。

参考文献

鈴木淳也,『モバイルNFC草創期に何があったのか』, Impress Watch, 2022, “https://www.watch.impress.co.jp/docs/series/suzukij/1409696.html” (参照 2022.08.12)
鈴木淳也,『Apple Pay登場前夜の黄昏』, Impress Watch, 2022, “https://www.watch.impress.co.jp/docs/series/suzukij/1409696.html” (参照 2022.08.12)
キャッシュレス戦国時代に「ブランドプリペイド」という選択肢のご提案』, 現金いらず.com, 2019, “https://no-genkin.com/entry/brand-prepaid/” (参照 2022.08.12)

前編からの脚注

[1] 当然ながら、auかんたん決済は携帯料金合算で買い物等を行なうサービスのため、auかんたん決済を使用すると携帯料金が上がってしまう。
[2] 当時からSuicaは使っていて、通学定期券もSuicaであったがSuicaでコンビニなどで買い物をすることはあまりなかった。
[3] その後株式会社WebMoneyはKDDI傘下のauフィナンシャルホールディングスに統合され、社名もauペイメント株式会社となってしまった。当時からWebMoneyとauは関係が深かったわけである。
[4] 当時は実家である埼玉に住んでいた。
[5] それ以外でなぜau WALLETを使わなかったのかは覚えていない。恐らく現在よりもクレジットカードが使える店が少なかったのだろうと推測する。
[6] 当時在学していた大学のクレジットカードは三井住友カードでiDに対応していたと記憶している。
[7] しかもクレジットカードからのチャージにはチャージ手数料がかかっていた。
[8] 本来モバイルnanacoにクレジットカードからチャージするにはセブンカードプラスなどのセブンアンドアイが発行するクレジットカードでなければチャージできない(私の環境では使い始めた時からすでにそうなっていた)はずなのだが、母の環境では現在でもJALカードからチャージができるようである
[9] また母親はガラケー時代よりJMBWAONやnanaco、モバイルSuicaを使っており、その兼ね合いから初めからAndroid端末を使用している。
[10] むしろSAMSUNGに至ってはプラットフォーマーではない普通の端末メーカーがよく独自の決済サービスを構築できたなと感心したぐらいである。
[11] 後にSamsung Payは磁気スワイプを端末のタッチでエミュレートするという離れ業を聞いたときSAMSUNGのイメージが一新した。
[12] ただ当時はコイン型やカード型がメインで、一部のおサイフケータイ対応端末で対応していたQUICPayモバイルはかなり影の薄い存在であったと記憶する。
[13] この時代から10年近くたった現在においてもこの問題はくすぶっている。2022年にスマートデバイスメーカーのスタートアップであるNothingが発売した「Nothing Phone (1)」にはFelicaは搭載されておらず、Nothingのマーケティング責任者であるアキス・イワンジェリディス氏が日本のメディアの質問に対しブロックチェーンなど質問の趣旨と噛み合わない解答をしていたことから、海外のFelicaに対する知名度が現在でもかなり低いことがうかがえる。
[14] 特に改札等で一定以上の決済速度が求められていたSuicaならともかく、WAONやnanacoなどのそんなにスピードが求められていないサービスにおいてもFelicaが採用されていたことからもそうである。
[15] 後に決済サービス、決済端末メーカーであるSquareが開発したPOS端末などにはそのような個人経営の店舗においても導入障壁の少ない決済端末が存在している。また三井住友カードにおいても、3in1の決済端末である「Stera Terminal」シリーズを発表しており、個人経営の店舗でもクレジットカード、電子決済を導入するハードルはずいぶん下がっている。
[16] 厳密にいえば大学在学中にセブン銀行の口座を開設しており、セブン銀行JCBデビットカードを発行していた。しかしこの当時はこのカードから決済を行なおうという発想には至らなかった。
[17] 私が人生で初めて口座を開設したのはゆうちょ銀行であるが、デビットカードはなく(厳密にはあるのだが)取引をしたら随時通帳記入しなければならないなど不便なことだらけであった。
[18] 現在では住信SBIネット銀行のほか、トマト銀行や楽天銀行もMastercardのデビットカードを発行している。
[19] 現在においてもGoogle Payに一切対応していないカードは多くあり、カードの券面が表示されず「非接触決済を設定する」というボタンだけが表示されるカードがある。
[20] デジタルファーストプログラムと謳っておきながらApple PayにもGoogle Payにも対応しないのかと思ったぐらいである。
[21] 同じ日の4月19日にデビットカードがApple Payに対応したという発表があった。Google Payとは異なり、MastercardコンタクトレスとiDの両方に対応した形となり、そこでもApple Payの優位性が垣間見える。
[22] 銀行のDXやフィンテックの話題においては千葉銀行や北國銀行などが非常に力を入れている事業ではあるが、これは別途またご紹介したい。

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