脚本:「あばら屋の少年少女」第二話

第二話
○あばら屋
 ドアが空いて、あばら屋店内に光が差し込む。奥の椅子に座り、下を向いて本を読んでいた少年がそれに反応する。
少年「やあ、来たね!」
 片手を上げ、笑顔で矢ヶ崎を出迎える少年。
矢ヶ崎モノローグ「そう、私は来てしまった。またこの怪しげなあばら屋に」
少年「何か飲んでいく?」
 少年が矢ヶ崎を背に棚をゴソゴソ漁り始める。
矢ヶ崎「いや、いい……。なんかヤバいもの入ってそうだし……」
少年「遠慮なんてしなくていいんだけどね。マンドラゴラとかもあるよ」
矢ヶ崎「それよそれ!マンドラゴラ置いてある部屋でお茶飲まないでしょ!」
少年「ふうむ……おっと」
 扉の向こうからペタペタという足音が響いている。
少年「お客さんが来たみたいだね。看板娘、接客行ける?」
矢ヶ崎「舐めないでよ。これでもバイト経験あるから。っていうか、足音筒抜けなくらい壁薄いんだ……?」
 少年に問うてるうちに、キィ、とドアの方から音がする。
矢ヶ崎「あっ!今行きます!」
 慌ててドアの前へ駆け寄る矢ヶ崎。ドアが空いた時にぶつからないよう距離を取って立って待つ。
 しかし、なかなかドアが開かない。
ドアの外「ん〜」
矢ヶ崎「(子供の声……?)」
矢ヶ崎「今開けます!」
○あばら屋前(夕)
 ドアを開けると、左手にシートで覆われた四角い何かを持った五歳ぐらいの女の子が立っている。想定外の事態に汗を流す矢ヶ崎。
 目線を合わせるためしゃがむ矢ヶ崎。
矢ヶ崎「えーと……何を探しに来たのかな?」
女の子「わたし、まほうのえのぐがほしい!」
矢ヶ崎「ま、まほうのえのぐ……」
 引き攣った顔の矢ヶ崎。後ろを振り返り、奥にいる少年に目線を送る。少年はニコニコ笑顔を浮かべている。
矢ヶ崎「えーと……お家入ろっか」
 矢ヶ崎、右手を持って店内へ連れていく。
○あばら屋
少年「ようこそ。何をお求めですか?」
矢ヶ崎「魔法の絵の具が欲しいんだって」
女の子「まほうのえのぐー!」
 矢ヶ崎と繋いでいる右手、物を持っている左手、両方を上に挙げる女の子。
 バサっとシートが飛んでいく。
 少年が目を丸くする。
少年「ほほお」
矢ヶ崎「なに?」
少年「矢ヶ崎さん、これは見たほうがいいですよ」
 にやにや笑う少年。
矢ヶ崎「なになに……」
 手を離し、女の子が左手に持っている物を覗き込む。
 それはキャンバスで、クレヨンの拙い線ながらも異様なまでに精巧に描かれた高所から見た街の絵だった。
 目を丸くする矢ヶ崎。
矢ヶ崎「こ、これ自分で描いたの?」
女の子「うん!とうきょうたわーのぼったときの!」
少年「サヴァン症候群という奴だね。並外れた記憶力とそれを呼び出せる再現力。突出した才能だよ」
矢ヶ崎「へぇ〜……」
 感心する矢ヶ崎。すると、女の子が矢ヶ崎の服の端を引っ張る。
女の子「わたし、だいや。わたし、まほうのえのぐ、ほしい!みんながひっくりかえる、まほうのえのぐ!」
矢ヶ崎「あっ」
 何かを思い出す矢ヶ崎。
矢ヶ崎「もしかして、だいやちゃんが話してるのって、絵本の話?」
だいや「うん!」
 奥の方で座っていた少年がやってくる。
少年「僕は絵本のことはわからないけど、魔法の絵の具ならあるよ。その人が脳内で思っている通りの色が出力される絵の具」
矢ヶ崎「筆は?」
少年「市販品でいい。紙もね」
 少年、屈んで目線をだいやに合わせる。そして絵の具を手渡す。
少年「これが魔法の絵の具だよ。でも、これが欲しかったら、お金がなきゃいけない」
 だいや、瞳を潤ませる。
だいや「おかね、もってない……」
少年「それなら、この絵と交換はどう?」
 だいや、笑顔に。
だいや「それならいいよ!」
少年「よし、これで契約成立。看板娘さんや、警察かご両親のところまで送ってきておくれ」
矢ヶ崎「はぁ……だいやちゃん、あるこっか」
○商店街(夕)
 人で溢れる商店街。だいやと手を繋いでいる矢ヶ崎。
矢ヶ崎「だいやちゃんは、どうしてそんなに絵が上手いの?」
だいや「わかんない。かけたから」
矢ヶ崎「描けたからかぁ……。すごいなぁ……。私も小学生の頃絵を描いたことあるけど、友達からは『呪い』って呼ばれてたよ〜」
 あははと笑う矢ヶ崎。
-回想-
 絵の具がめちゃくちゃで恐ろしい人物画。笑ってる矢ヶ崎。ビビってる小学生の頃のクラスメイト達。
-回想終了-
 俯いているだいや。
だいや「でもわたし、ふつうのえ、かけたことない」
矢ヶ崎「……そっか」
 雑踏の中から、男性と女性が現れ、だいやの前に立つ。
男性「だいや!」
女性「どこ行ってたの……!」
 だいやが固く矢ヶ崎の手を握る。
だいや「まま。ぱぱ」
女性「心配したんだよ……?」
 女性がだいやの肩に手を置く。それを見た男性は視線を矢ヶ崎に向ける。
男性「だいやを見つけてくれたんですか?この子、すぐにいなくなるんですよ」
矢ヶ崎「いえ、すぐ親御さんが見つかってよかったです」
 矢ヶ崎、一件落着、という晴れやかな顔をする。
女性「あれ?だいや、キャンバスはどうしたの?」
矢ヶ崎「あっ……!」
 ヤバい!という顔をして汗を流す矢ヶ崎。
女性「いえ、そんなのどうでもいいわ。あなたも見つけてくれてありがとうございます」
矢ヶ崎「ああ、いえいえとんでもないです!」
女性「それにしても、この子の描く絵って何だか気持ち悪くってねぇ」
矢ヶ崎モノローグ「えっ」
女性「みんなも気持ち悪いって言うんですよ。不気味だって」
 「みんなも」という言葉が煙のように浮かび上がっていく。
矢ヶ崎モノローグ「これは嘘だ。だけど、気持ち悪いは本当だ」
男性「そうだぞ。だいや、あんな絵を描くのはやめなさい。見てるこっちがおかしくなる」
矢ヶ崎モノローグ「これも、嘘が入っていない。当人は真剣に言ってるんだ」
矢ヶ崎モノローグ「そうか、だいやちゃんが言ってた『普通の絵が描けない』ってこう言うことだったんだ」
矢ヶ崎「……だいやちゃん。まほうのえのぐの説明、覚えてる?」
 矢ヶ崎、下を向いている。視線は陰になっていて見えない。
だいや「うん。なんでもおもいどーりにかけるえのぐ、って」
矢ヶ崎「そうだよね。だったら、誰かに決められてたら思い通りって言えない!」
 顔を上げる矢ヶ崎。覚悟のこもった目。
矢ヶ崎「だいやちゃんのママにパパ!どうして、絵がちょっと変なくらいでそんなに言う必要があるんですか!絵で人を怖がらせてたのは、昔の私だってそうでした!」
男性「ちょっと、何言ってるんですか?」
矢ヶ崎「怖い怖いって、自分の娘がそんなに怖くてどうするんですか!」
 呆気に取られる男性、女性、だいや。さらに、観衆もどよどよとしていて、矢ヶ崎の周りにだけ誰もいない円ができている。
 矢ヶ崎ははあはあと肩を大きく上下して、汗をかいている。もう一度、だいやに合わせて屈む。
矢ヶ崎「だいやちゃん、大声出してごめんね。でも、きっとママとパパにも言いたいこと伝わったと思うんだ」
 笑顔の矢ヶ崎。
 呆気に取られていたものの、つられて笑顔になるだいや。
だいや「うん!」
○あばら屋
 椅子にどっしり腰掛け、分厚い本を読んでいる少年。
少年「それはリピーターになってくれるかもね。でも絵は本当に描けるようになるかな。それを機に取り上げられちゃうかもじゃない?」
 矢ヶ崎も本を広げている。しかし、こっちは横長の絵本。目線は少年に向いていて、広げた本は下の方に向いているので、タイトルが見えない。
矢ヶ崎「心配いらないよ。私、いざとなったら嘘が見えるし」
少年「でも、あんまり活躍してなかったような話だったけど?」
矢ヶ崎「活躍しないなら、それに越したことはないでしょ。それに、来たみたい。足音が聞こえる」
 ペタペタ、という足音が響いている。
「……ほら、ドアの前で止まった!」
 にっこり笑顔の矢ヶ崎。

第二話完

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