脚本:「あばら屋の少年少女」第三話

第三話
○あばら屋前
 背の高い、黒髪の女性が扉の前を右往左往している。少し距離をとって後ろに矢ヶ崎がいる。
 右往左往を続ける女性。後ろには気が付いていない様子。話しかける矢ヶ崎。
矢ヶ崎「あばら屋に、何か御用ですか?」
女性「あっ……!」
 女性、振り向く。矢ヶ崎より年上、私服。
 途切れる会話。
 その時、ガチャンと音を立ててドアが開く。少年がやってくる。
少年「うちの看板娘……とお客さんですか。どうぞ」
 少年、西洋風のうやうやしいお辞儀で手をくるくるさせる。営業スマイル。
 あばら屋の奥へ案内する少年。
女性「……すごい。本当になんでもあるんですね」
少年「それで、ご用件は?」
 女性、鎮痛な顔をして俯く。
女性「はい……。本当に変な話だと思うんですけど、私、恋人の顔と名前が思い出せないんです」

-女性回想&モノローグ-
○学校
 ロッカー前。制服姿の女性、シルエット姿で表現される男性。
「その人とは、3年前に付き合い始めました。高校生の頃です。元々趣味が一緒で、お互いその気があったみたいです」
○飛行機
 飛行機のシートに座っている女性。
「でも、私、進学で上京することになって。それからは、遠距離恋愛になりました」
-回想終了

○あばら屋
女性「でも、連絡は定期的に取っていて、今でも取っています。なのに、名前と顔をもう思い出せないんです!」
 女性、悲痛な叫び。あばら屋の床に座り込み、前髪をぐしゃぐしゃにする。
 矢ヶ崎、少年へ向かって。
矢ヶ崎「……だって。これを解決する薬は?」
少年「もちろんあるよ。ただ、なんか気がかりだ。そうでしょ?」
 矢ヶ崎、頷く。
 奥の椅子に腰掛け、何かを悩み始める。やがて立ち上がり、立っている矢ヶ崎の肩にポンと手を置く。
少年「これは早速看板娘の力を借りることになりそうだ!よろしく!」
 笑う少年。
 少年、矢ヶ崎の手のひらに万札を捩じ込む。
 少年、女性に向かう。
少年「それでは明日お求めの品をご用意しますので、同じ時間帯に来てください。さ、どうぞ」
 少年、二人を外へ案内する。
○あばら屋前
女性「あの、あなたもお客さん……?」
矢ヶ崎「あ、いえいえ!そう言うわけじゃなくって。看板娘……らしいです」
矢ヶ崎「(自分で何言ってんだ)」
 矢ヶ崎、頬を赤らめる。手をしゃかしゃか振って違うよアピールをする。
矢ヶ崎「大山駅ですよね?」
女性「…?ええ」
矢ヶ崎「じゃあ、そこまで歩きましょう」
○商店街
女性「あの……」
矢ヶ崎「矢ヶ崎って言います」
女性「矢ヶ崎さん。私は小倉って言います。あの……その目、変わってますね」
矢ヶ崎「…」
 矢ヶ崎、なんとも言えない表情をする。
小倉「……いや、そんなことどうでもいいですね!それより私の話、聞いてくれますか」
矢ヶ崎「はい!」
-回想&小倉モノローグ-
○海辺
 小さな瓶にぎっしり詰まった星の形をした砂。それに紐を通す小倉とシルエットの男。どちらも水着。
小倉「私の地元って、ビーチがあるんです。とは言ってもそんなに人は来ないですけど。それで、高校最後の夏、そこへ行ったんです。小瓶に砂を詰めて、それを思い出にしようって」
○寮
 二段ベッドの下。
 愛おしそうに小瓶を眺める小倉。

-回想終了

○駅前
小倉「でも!」
 悲痛な叫びの小倉。バッグから砂の入った瓶を取り出す。
小倉「これを集めてから、私、記憶が無くなった気がするんです。こんなもの…!」
 地面に叩きつけようとする小倉。それを止める矢ヶ崎。肩で息をする小倉。
矢ヶ崎「……もう駅着いちゃいましたね」
 矢ヶ崎、後ろを向く。
矢ヶ崎「実は、私こっちじゃないんです」
○電車内
 小倉、端っこの席でバッグを抱えている。
小倉モノローグ「今日の体験は、一体何だったんだろう。明日も、あんな怪しいところに行かなきゃ行けないのかな。矢ヶ崎ちゃんも、悪い子ではなさそうだったけど、何か隠してるように見えたし……」
○あばら屋前
 翌日。また小倉が店の前でおろおろしている。その後ろに矢ヶ崎。矢ヶ崎、ドアを開ける。
矢ヶ崎「どうぞ、小倉さん」
小倉「え…?」
少年「いやいや、ようこそお越しくださいました。狭い店内ですが、どうぞ。小倉さん」
○あばら屋
小倉「あの……!なんで、私が小倉だって知ってるんですか……?」
 怯えた様子の小倉。落ち着き払って説明を始める少年。
少年「実はね、小倉さん。あなたがここに来たのは、今日で3日目なんです。初日でなんとなく勘付いていましたから、2日目にうちの看板娘を頼って、今日真実を突き止めました」
少年「あなたは、『解離性健忘』という病を患っています」

-矢ヶ崎回想-
○寮
 小倉と共に寮にいる矢ヶ崎。
矢ヶ崎「一昨日、矢ヶ崎さんは大山駅から電車に乗って私を寮まで連れて行ってくれました。そこで、もう一人の寮生の浅間さんとお話ししました」
 女性(浅間)と談笑する矢ヶ崎。
矢ヶ崎「昨日は一緒に帰りませんでしたが、それは私が浅間さんと食事に行く約束をしていたからです」
-回想終了-

○あばら屋
矢ヶ崎「そこで、病気のこと、聞きました。最近、直近の記憶でも相当あやふやになってきちゃって、寮には住んでるけど大学も休学してるって」
小倉「…」
小倉「じゃあ!私がここに来た理由もわかりますよね!」
 座り込み、取り乱す小倉。
少年「もちろん知ってますよ。恋人の名前と顔が思い出せない、ですね?その前に、不思議に思いませんか?記憶があやふやなのに、恋人の事は忘れていない」
小倉「あっ……」
少年「ちょっと失礼」
 小倉のカバンを漁る少年。瓶を見つけ、にっと笑う。それを持ち上げ、紐を自分の手に通し、小倉の顔の前へ垂らす。
少年「この砂ですよ。これは『竜宮砂』と言って、人魚の砂です」
 人魚のシルエットが浮かぶ。
少年「彼女達は長生きですから、忘れない為には道具が必要なんです。それがこの砂だった。つまり、この砂のおかげで忘れないでいられたんですよ」
小倉「私……てっきり……これのせいで記憶がおかしいのかと……」
矢ヶ崎「私にもそう言ってました。でも、逆だったんですね。この砂を集めたから、覚えていられた」
少年「そしてこれが……」
 棚をガサゴソと探っている少年。薬の瓶を取り出す。
少年「思い出しの薬です」
 座り込んでいる小倉の膝横に置く。
小倉「どうしたら……それを貰えますか?」
少年「相当の対価をいただきます。その砂の瓶を」
小倉「なら……いいです」
 ギョッとする少年。
少年「なんで〜!?」
小倉「だって、私の大切なものですから。病気なら治せますけど、思い出が欠けたら、それは治ったりしない」
 吹っ切れた表情の小倉。立ち上がり、少年の手から砂の瓶をひったくり、カバンにしまう。そして、カバンを持って立ち上がる。
小倉「それじゃあ、ありがとうございました」
 お辞儀をして、そのまま去っていく。
少年「あれだけ思い出したがってたのに。理解不能だなあ」
 その辺に腰掛ける矢ヶ崎。
矢ヶ崎「私はそう言ってくれるだろうなって思ってた」
少年「なんで〜?」
矢ヶ崎「同じものじゃないからだよ。薬で思い出した自分で思い出した記憶は、同じじゃないから」
 矢ヶ崎、遠くを見つめる。何かを悟ったような表情。
 少年、つまらなそうな表情。天井を見上げ、ぽつんと言う。
少年「なんか、人間ってそんなのばっかりだ」

第三話完

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