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たまたま知り合ったその人は、たまたま機嫌が悪かった。ただそれだけのこと。


愛媛で接骨院に通ったときの話です。


だんだんと農作業に慣れてきた頃。

作業中に指をぶつけて腫れてしまった。
翌日も腫れと痛みがあったので、接骨院へ。

受付を済ませて、待合室の椅子に腰掛ける。

名前を呼ばれるまでの間、早く病状を知りたい自分と知ることを恐れる自分がいる。

そわそわ・・・ ざわざわ・・・

やまざきさん、と名前を呼ばれ、レントゲンを撮る。

診察室に入ると、先生が撮影したものを見せてくれた。

「ええと・・・ ここ見てくださいね。
 指、折れてますよ。」


ああ、やってしまった。
慣れてきて気がゆるむと、いつもこう。

気を引き締めろよ、という神様からのお告げかなにかだろう。


明日から作業を続けられるだろうか。
農家さんに迷惑をかけてしまうなあ。
治療費はどうなるんだろうか。

一瞬、不安で頭がいっぱいになって先生にいろいろと尋ねようとした。

すると、先生は「はい、はいはい、はい。そうです、はい。」と下を向きながら目も合わさずに頷くばかり。まるで何かほかのことを考えているような上の空な表情で。

さらに、詳しく聞こうとすると怪訝な顔で「いや、だから、◯◯って言ってますよね?」と。

なんだかもうそれ以上なにも尋ねる気になれなくなり、すぐに診察室を後にした。

その帰り道。
「こちらはこんなに不安なのに、ずいぶんとぶっきらぼうな先生だったなあ。」と、ぼやきながら家路についた。


          * * *


その翌週。

また先週行った接骨院へ。
診察室に入ると、あの先生が座っている。

おそるおそる椅子に座ると、明るい声で尋ねてくれた。

「こんにちは!あれからどうですか?」

あれ・・・。
先週のあの先生とは別人のような雰囲気だ。

「どこから来られてるんですか?」
「いつまで愛媛におられるんですか?」

その後も笑顔でいろいろと話を聞いてくれた。

なんだ。
先週はたまたま機嫌が悪かっただけなんだ。

毎日、先生はたくさんの患者さんを診てる。ゆっくり、大声で話さないと会話ができないような高齢者もたくさん来る。

そうだよな。先生も大変なんだ。


それなのに・・・。

たった1回会って、たまたまその時に機嫌が悪かっただけの先生のことを僕はずいぶんと勘違いしてしまっていたみたいだ。

先生はきっとこの傷んでいる僕に親切にしてくれるはずだ、という根拠のない身勝手な思い込みがあったのだろう。


たまたま知り合ったその人は、たまたま機嫌が悪かった。

ただそれだけのことだったんだ。


          * * *


おわり。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます!


▼ 過去の記事はこちら。

『明日からの僕の日常に、彼らはもういない。』




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