メディアの話。アニメと漫画と上京物語と。

「ファースト・スラムダンク」を昨年12月頭に見て、ネットで「呪術廻戦ゼロ」を見て、さらに「チェンソーマン」を見て、気づいたことがある。

20数年前に終わった「スラダン」の新作映画も、2010年代終わりに始まった「呪術廻戦」も「チェンソーマン」も、全く同じ構造を有していることに。

何か?

田舎から這い上がる話なのだ。

「鬼滅の刃」も、「田舎」から出てくる話だった。

「ハンターハンター」もそうだ。

ジャンプ漫画だけだろうか。

いや、新海誠さんの「すずめの戸締まり」も「天気の子」も「君の名は。」も、ど田舎と東京を対比する映画であり、田舎から東京に出てくるストーリーを全て有している。

矢沢永吉「成り上がり」。あるいは川崎のぼる「田舎っぺ大将」の構図を、2020年代の今も、漫画、あるいはアニメが、ど真ん中に据えている。

そう、私たちは「成り上がり」が心底好きなのだ。

で、おそらく「漫画」という表現形式には(もちろん全部じゃないにしろ)、田舎から都会へ、が不可分となっている気がする。いしいひさいちさんの大傑作「ROCA」だってそうだ。

漫画家は、東京生まれが少ない。圧倒的に地方出身者が多い。北海道、東北、日本海沿岸、九州。

漫画家が地方出身者が多いのも、「地方と都会の対比」、さらにいえば「田舎の空や海の大きさ」を体で知っている、ということが大きいかもしれない。

私たちの体と心の半分は、常に「田舎」側にあるのだ。

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