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国道16号線の話、その4。鉄道が16号線を透明にする。

手賀沼から再び、国道16号線に戻る。
国道16号線は、車が途絶えることがない。突然、渋滞が始まる。

そう、国道16号線は渋滞のメッカである。

だから、たかだか30キロ走るのに2時間かかったりする。

新幹線だったら、品川から京都まで移動できちゃう。

国道16号線は、一般的には「郊外」とみなされる。

どこの「郊外」か。

東京の中心の「郊外」である。

この場合の中心は港区千代田区中央区的な東京のど真ん中のことである。ここが一番都会で栄えているところで、同心円状にだんだん都会から田舎へと変化する。

こうした都市中心部と郊外、という区分には、都市の中心部にダウンタウンがあって、勤め先があって、郊外から都市の中心に向かって人々は通勤する、という前提がある。この場合の人々とはサラリーマンのことだ。サラリーマンにとって通勤時間が短くなるほど便利になるから、都市の中心に近い土地ほど地価が高くなる。逆にいうと中心から離れた郊外ほど、地価は安くなる。

国道16号線は、典型的な郊外の果て。に見える。横須賀、相模原、町田、八王子、所沢、川越、野田、川越、千葉、木更津。。。通勤圏内の街が多いが、電車で都心まで通勤しようとすると、おそらく自宅から駅までの移動時間、乗り換えなども考えると、おそらく通勤に1時間30分近く費やしている人が少なくないはずである。

人口が減少して、需要が減り、相対的に地価が安くなると人々はどんどん便利な都市中心部に向かう。コンパクトシティというやつだ。すると、国道16号線的な郊外は、まずさびれていく。そんな分析がなされる。

実際、国道16号線のはるか内側で、ゴーストタウン化が進んでいるかつての新鋼住宅地や巨大団地は枚挙にいとまがない。

となれば、当然、その外側にある国道16号線エリアも衰退の一途をたどるに違いない。

が、はたしてそうだろうか?

実際に国道16号線を走ってみると、さびれるどころか、毎日毎日たくさんのひとと物資が移動している様を目撃することになる。いやその移動に巻き込まれる羽目になる。

そう、国道16号線は郊外ではない。

むしろ、中心である。

なんの中心か?

都市の中心から同心円状に描かれる都市論や郊外論は、基本的に近代に誕生した「電車でできた街」を前提としている。電車で平日出勤するのはホワイトカラーのサラリーマンが中心だ。つまりこの都市構造はサラリーマンの生態を念頭に考えられている。

ところが、現実の社会は決してサラリーマン的な行動パターンだけでできているわけではない。国道16号線を平日に車で走ると、鉄道での移動のみが都市をつくっているわけではないことに気づかされる。

国道16号線でまず圧倒的に多いのは、トラックである。

時間帯によっては、四方向すべてをトラックに囲まれてしまうこともある。なぜ、トラックが多いか。それは、国道16号が、東京の、ということは関東の、ということは日本の物流の重要なルートとなっているからである。東京湾をぐるりと囲む16号線沿いは、東京を中心に放射線状に伸びる高速道路、東名高速や、中央高速や、関越道、東北道、常磐道といった日本に広がる高速道路網すべてを、横串にさしてネットワーキングしている。国道16号線沿いに物流センターを設ければ、東京のすべての高速道路にアクセス可能である。

かくして、高速道路には無数の物流センターが誕生し、物資を運ぶため今日も大量のトラックがぐるぐると16号線を回り続ける。

国道16号線を走るトラックは、現代の幌馬車のようだ。国道16号線を走る自動車は、現代の馬である。平日のサラリーマン世界は、鉄道で世界ができているかのよう勘違いしがちである。しかし、国道16号線を走ればわかる。そんなサラリーマンたちが勤めている会社の物流を支えているのは、国道16号線とそこで働く幌馬車部隊たち、なのだ。

この幌馬車部隊なしで、都心の経済生活は成り立たない。

国道16号線は、東京の経済を、社会を支える、絶対不可欠な物流の「動脈」なのだ。日頃の渋滞はその証である。

巨大な首都圏の幹線道路と高速道路を横串でつなぐ。16号線は、サラリーマンの住まいとしては「郊外」だが、物流の「中心」なのである。

などと語っていると、

「トラックは幌馬車か! ということは、国道16号線って、アメリカのルート66とつながってますねえ」

適当なことを適当相棒のAM氏が適当にいう。

ともあれ、実際に国道16号線を移動すると、都心の中心から離れた「郊外」という枠組みでこの道路沿いは区分できない、ということが実感できる。なにせ、16号線は物流の首都なのだから。

でも、走ったことのない人、近所に住んでない人からすれば、国道16号線はやはり、都心から離れた「郊外」にすぎないかもしれない。この都心を軸に周辺部に向かってどんどん田舎になるはず、という概念をつくっているのは「鉄道」である。

サラリーマンはたいがい鉄道で通勤する。外から内に向かって通勤する。

鉄道の車窓から見える風景は、畑や田んぼや林が混じる郊外の住宅街から、次第に高層建築が増え、最後は巨大な駅上ビルが陣取る都心部に着く。帰りはその逆だ。

鉄道で移動する限り、ひとは、自分の利用する外から内へと向かう鉄道沿線の車窓の変化だけが街の構造だと思ってしまう。

いま、私たちは北総線の線路を越えた。北総線の小室駅には、千葉ニュータウンがある。千葉県でも最大級のニュータウンで、小綺麗なたくさんの住宅が居並び、駅前には巨大なイオンモールが鎮座している。この千葉ニュータウンは、まさに国道16号線沿いにある。

千葉ニュータウンは、国道16号線の風景の一部。おそらくこういう切り取り方をする人はあまりいない。あくまで、北総線が最寄駅、という具合に、鉄道区分でマッピングするはずである。

でも、この千葉ニュータウンにあるイオンへ毎日運ばれるさまざまな商品の多くは、間違いなく国道16号線を通ってきたトラックにより運ばれる。いや、千葉ニュータウンの建築資材そのものが、16号線経由で運ばれてきたにちがいない。

繰り返しいおう。国道16号線は、物流の首都である。BtoBの道路である。東京一円にさまざまな物資を届け、あるいは運び出すための道路である。

国道16号線は、東京の中心部をぐるりとくまなく取り囲む環状道路だから、実は東京を中心とするすべての鉄道と必ず交差している。あらゆる高速道路のインターが必ず16号線沿いにある。

16号線が、それぞれは交錯しない鉄道沿線をつなぎ、それぞれは交錯しない高速道路をつなぐ。文字通り「バイパス」である。

そして、このバイパス構造の重要性を、旧石器人から縄文人から太田道灌から徳川家康から大日本帝国軍から米軍からブックオフとイオンまでが見抜いた。

ちなみに物流のことを英語では、しばしばロジスティクスと呼ぶ。このロジスティクスという言葉には、「物流」以外に、もう一つメジャーな意味がある。

「兵站」。

軍事用語で、戦争の最前線にいかに武器や弾薬や食料を補給するか、戦時の物流戦略のことをロジスティクスと呼ぶのである。

すでに何度か触れている通り、国道16号線は、明治維新以降、日本が陸海空の軍事基地を設けた。日本の軍事における最重要ロジスティクス「通り」であった。

第二次世界大戦で米軍に負けた後、その大半の施設はオセロの駒をひっくり返すように、米軍施設に早変わりした。

国道16号線は、平時も有事もロジスティクスを担い続ける。日本の、だけじゃなくって、アメリカのまで。

都市をぐるりと回る形で国道16号線という環状道路がある。結果、東京という巨大都市は動脈硬化をおこさずに、今日も機能している。

そんな道路が、日本を見渡して他にあるか。ない。ここにしかない。

だから、国道16号は、郊外ではない、中心なのである。

では、なぜ、中心が、京都のように、北京のように格子状の都市ではなく、

環状線なのか。

それには、もちろん明確な理由があるのだけど、その話はまた後で。


続きます。

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yanabo

ムシ。国道16号線。三浦半島。鶴見川。御蔵島。カレー。パウンドケーキ。コスタリカのオオキノコムシ。オオ=大といっても1センチちょっと。

国道16号線の話

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