『大切なモノを作る』 #1

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 僕には好きなもの、夢中になれるもの、やりたいこと、したいこと、大切なモノがなかなか出来ない。

 小学校低学年くらいまではそんなことなかったと思うのだが、いつからか自分に主体性がなくなってしまったように思う。原因が何かはよくわからない。いじめられた経験があるわけでも、家族関係に問題があるわけでもない。
 それで困ることが今まであったわけでもないし、僕としてはあまり気に留めないでいた。
 ただ、大学生となった今、自分の将来を考えるうえで少しそこが短所だなと感じる部分はなきにしもあらず、ではある。
 だから今のそんな僕にとって、

「貴方にとって大切なモノは何ですか?」

 少女のその問いは、痛いところを突かれたような感覚だった。

 ――午前0時。
 バイトが終わって自宅へ帰ってくると、家の前に白いワンピースを身にまとった少女がいた。14.5歳くらいに見えるが、それにしては雰囲気が大人びているように感じる。
 長い黒髪が、風に揺れた。

「思い浮かばないでしょう?」

 先程の質問に対する答えのことを言っているようだ。
 見知らぬ少女の登場に驚いて言葉が出なかった、というのもあるが、実際、思い浮かばなかった。
 他の友達が持っているような大切なモノを、僕は有していない。

 ぱっちりとした茶色い少女の瞳が、僕を射抜く。
 よく見れば、彼女は裸足だ。外なのに。季節は夏とはいえ、彼女の恰好は夜のひんやりとした空気の中寒そうに見えた。
 ひたり、彼女は足を僕の方へ一歩、踏み出した。

「だから貴方にとっての大切なモノを、私は作りに来たんです」

 にこり、彼女は笑った。
 ……いや、ちょっと待て。

「そもそも、あんた誰」

 何も言わずに聞く、観察するに徹してしまっていたけれど、ツッコミどころ満載だ。どういうことだ。大切なモノを作りにきた? 意味がわからない。
 有難迷惑も甚だしい。そりゃ就活で少し困るかなとは思っていた時期だけれど、別に僕は今の生活に不満があるわけでもないのに。

「私のことはミミとお呼びください」
「いや、別に名前聞いたわけじゃなくて」
「バイトでお疲れでしょう? 身体冷えちゃいますし、詳しいことは中で話しましょう!」

 ミミと名乗るその少女は、僕の質問に答える気は一切ないらしく勝手に部屋のドアの前に戻っていく。マンションの3階にあるその一室のドアは、僕の持つ鍵でしか開けられない筈なのだがミミは何故かドアを普通に開けていた。
 おかしい。僕、今日ドアの鍵かけ忘れたのか?
 いや、それより、なんで勝手に入っていくんだこの子は。

「ちょっと、」
「お邪魔しまーす」

 ミミが入った後に続く形で部屋に入る。靴を履いていないため当然だが玄関先で靴を脱ぐという行程がなく、そのまま彼女は床に足をつけた。ほぼ土足で上がり込まれたも同然である。
 今すぐ出ていけと追い返してしまいたい気持ちもあるが、流石にこんな少女をまた裸足で追い出すのは気が引ける。靴くらいは貸してやるか?
 なんにせよ、1回足を洗わせた方が良いことは確かだ。

「このドアの向こうが部屋ですか?」
「そうだけどその前に、手前の左手のドア開けて。風呂があるから足洗ってくれ」

 玄関を開けると数メートル廊下が伸びていて、まっすぐ奥が部屋になっている。1Kの部屋だ。
 風呂へ行くことを促すと、ミミはこちらを振り返って不思議そうに首を傾げた。

「なんでです?」
「裸足で外歩いてたからだろ」

 一瞬の間の後、ミミは意味を理解したらしい。
 自分の足の裏を確認して、汚れていると判断したのか「ごめんなさい!」と頭を下げた。
 浴室へのドアへと消えたミミを見送って、はぁ、と溜息を吐く。なんで、足のことに気が回らないんだ。最近の子どもってそういうものなのか?

 靴を脱ぎ、廊下の奥へと歩く。自室へつながるドアの手前に洗濯機が置いてあり、その真上の棚には乾いたタオルが数枚ある。その中の1枚を、小さなランドリーバスケットの中に入れた。それを浴室のドアの前に置いてから、自室へ入る。

 なんで、こんなことになっているのか。
 遅くまでバイトがあったこともあってか、それとも少女の出現に自分が感じている以上に驚きを感じ、疲れたのか。
 僕はそのままベッドに転がり、あろうことかそのまま眠りについてしまったのだった。


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新作短編小説、始まりました。
全部で4話、もしくは5話で完結予定です。
お付き合い頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします。


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