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20210616 1000万円男の日記



初めましてから1時間で夫婦のふりをして住宅展示場を見学したことがある。初めて聞いた苗字を名乗り、聞き慣れた自分の名前をくっつける。その男は家が1000万円で建つと思っていたから、通称1000万円男。1000万円男とは住宅展示場を見学した後、神社で手掴みでケーキを食べてめちゃくちゃに蚊に刺されたりした。初めておでこを蚊に刺された日だった。

1000万円男は自分の気持ちにすごく忠実的だった。別に付き合ってもないし、自分に好意があるかないかもわからない相手の家に2時間くらいかけて押しかけてくることが何度もあった。もちろん、男と女的なそんな何かはいっさいない。勝手にやってきてプーマブルーのギターリフを弾いたり、何も起こらないフランス映画を観たりしていつまでも帰らないのでその背中を押して扉の向こうに閉め出したのは数回じゃ済まない。何を考えながら2時間の道のりを帰ったのだろうか。

久しぶりに1000万円男に会うと髭が仙人みたいになって、全く覇気が無くなってしまっている時もあった。そんな時は太陽の下に引き摺り出して日光浴をさせるとみるみる覇気が戻ってきて、「地獄に行こうよ」なんて、突拍子もないことを言い出したりした。あ、いよいよヤバい奴になってしまったと思ったけれど、地獄っていうのは彼の地元の神社のことで、階段がものすごいあるから通称地獄。1000万円男と私は「地獄」を一緒に体験した。

1000万円男と私が付き合うことはなかった。

そんな1000万円男にも最近彼女ができたらしい。今でも彼は家が1000万円で建つと思っているのだろうか。



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