さ夜ふけて時をり道の自動車の音が聞こゆる宿場町の家 (高橋良)

昨今のSNS界隈では見慣れぬ近代短歌の面影をもつ一首である。それも、この作者の素性を知るとむべなるかなという思いがするが、他の作品はもっと日記的な性質を持つライトなものである。それに対して骨太なこの一首が私は好きだ。なんの飛び道具も用いずに事実だけを正面から詠み、奇を衒った思惑のひとつも感じさせないThe短歌。パッと見たとき、その光景が平凡きわまりなく見える読者もいるに違いない。だが、実は通好みなポイントを秘めた歌ではないか。まず、主役は「宿場町の家」なのである。宿でも店でもない家なのだと思う。この家の中に作者が居て、「自動車の音」を聞いているのだ。珍しくもないように思える自動車の音は、このストリートにおいては日中は聞こえないのだ。観光客のための歩行者天国になっているのかもしれない。わざわざ自動車と言っているのも、馬車や人力車などと区別するためだ。このように、現地で経験をしてはじめて気づく特徴があり、はじめて詠めるシチュエーションがある。「短歌」はそういうリアルな個別の「生」のひとコマを大切にしたいと思うのだ。

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