後輩がいつかできたら話したい失敗談が誰よりもある (おもち)

うたの日の「ポジティブ」の題詠で詠まれた一首である。そこでは首席ではなかったが、私はこの歌を全短歌界のポジティブ詠トップ作品として推薦したい。もともとこの作者は、誰もが共感できるさりげない日常詠や職場詠のなかに、微笑ましく柔らかい部分を作ることに長けているのだが、これはその集大成といっても過言ではあるまい。歌意は解説するまでもなくそのままなのだが、こんなにストレートな表現はむしろ意外にむずかしいものだ。しかも決め手は上句である。「後輩がいつかできたら話したい」という五七五には実に多くの情報がある。まずは、まだ後輩のいない主体は社会人として日が浅いと思われる。それなのにそんな短期間に山ほどの失敗談があるのだ。その失敗にもめげず元気に生きている上に、それを若者に教えてあげたいと思う優しさと強さは最上の仁徳だ。だが、勤め先は零細企業なのかもしれず、肝心の後輩はまだできないどころか、近年中にできる見込みもなさそうなことがわかる。なんという神の無情だろうか。そこに立ち向かう健気さが、下句の宣言を限りなく尊く輝かせているのだ。私は個人的に、失敗を隠す人や内面を全く開示しない人は嫌いだ。この歌は作品自体の楽しさだけではなく、作者のあたたかい心根を見せてくれて、まるごと好きにさせてくれる魅力がある。

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