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年表の色

 フワフワと、世界のどこかに浮かんでいる仮想の雲の中から、一曲ずつ、音楽をダウンロードすることになった今、それでも僕は、アルバムという概念を知った上で音楽を聴くことが、クールなことだと信じている。

 僕はトモフスキー氏の「NEGACHOV & POSICOV(ネガチョフ アンド ポジコフ)」を、今でも色あせない名盤だと思っていて、その補完し合う曲群は「盤」という概念こそが相応しい。テープに曲をまとめるときは、アルバムから抜き出して編集されるべきものなのだ。
 そうさ、僕はオールドメン。若人に懐古主義と嗤われようとも気にしない、そして反論も受け付けない、時に偏屈な奴なのさ。許されるなら、世界のすべての曲のリストを、真ん中から、AとBの両サイドに分けてしまいたいくらいだ。

 余談だが、氏の最近の露出として、『アイネクライネナハトムジーク』伊坂幸太郎著(幻冬舎刊)の装画が記憶に新しい。この才能はまた、魚眼レンズを通したような、無名で不安定な世界を切り取る構図が特徴的な画家でもある。そして彼が、カステラのボーカルだったといえば、我々の原宿が、そしてあの頃の歩行者天国の記憶が、皆に蘇るだろう。


 閑話休題。先のアルバムの中に「年表の色」という曲がある。折につけ、僕の人生の足もとを照らし、自分の進む先が間違っていないと教えてくれる勇気の音楽だ。
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「明日からやる明日からね」っていつも
去年の今日の日記にも書いてた
ついに今日がその「明日」
今、今、今、僕の年表の色が変わる
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 そういえば、ティーンの頃、学舎のどこかの教室に、年表が掲げてあったことを思い出す。

 鎌倉/室町/安土桃山/江戸/明治/大正/昭和

 時代はそれぞれ色分けされており、象徴的な意味で、また、学習効果を高めるために、その推移を視覚化している。

 多くの人にとっては、年表の色の変わり目のひとつに「就職」というものがあるのだろう。それは「学生」と「社会人」という、違う時代の端境(はざかい)だ。そして、その時代の潮目にあたる「就職活動期」も、あるいはひとつの時代とカウントすべき大きな事象なのかもしれない。それはちょうど、「室町」から「安土桃山」に移るときに「戦国」という動乱があったように、未来へと至る道筋が、文字通り多岐にわたる、不安な期間だからだ。

 しかし、大学にも行かず、まともな道を歩もうともしなかった僕は、そのような共有体験を持たないまま、今に至る。
 そのように、比較対象がないので、これは想像でしかないのだが、僕にとって、大きな年表の変わり目のひとつ、つまり、就職活動と同じくらい自分の人生を変えた選択は、ビザを取って、長い海外での暮らしをすることに決めた、その瞬間だと思う。
 愚かにも僕は二十代の前半を、唯々、旅をするために費やしたのだ。

 あの日の僕は、職にも就かず、学を修めるということもせず、ただただ、自分の好奇心を満たすために、自ら望んで世間からドロップドアウトすることにした。

 この決断をしたときは、未来に絶望して「僕はこの先、我が身に職をつけることも、一流を知ることもなく、従って恋からも忘れ去られて、孤独に、社会の主軸から大きく外れ、消費に貢献もせず、ひっそりとその日の仕事を見つけ、糊口を凌ぐことになるのだろう」と卑屈ではなく、本気で思っていた。ドロップドアウトとはそういうものだ。僕にも、それくらいの分別はある。

 しかし、同時に「それでも俺は、世界を見るんだ! 後悔なんて絶対にしない! この先の人生が、砂を噛むように感じられても、あるいは、この判断が違っていたなんて、振り返っても決して言うものか! 英語の世紀が来る前に、俺は自らこの世界を、強く踏みしめ、跨いでやるんだ!」と、自分の内なるクレイジーが吠えていた。

 このときの僕の、熱に浮かされた行動の源泉は、今でも不思議のまま、正体が知れない。我がことながら、はっきり言ってまともじゃない。なにもリターンがないというのに、人生をオールインするなんて、博打ですらないじゃないか。

 だが、その旅が、幸いにして結局のところ、今の僕を作る大きな要素になっていたりするから、人生というものは妙なるかな。いつも、どこかに救いはあるのだ。


 だから今、僕は願う。すべての行動する若人に、幸あれかしと!
 波濤に向かう君たちは、かつての僕のそのままだ。

 君は知るまい、走る君が完璧に美しいことを。

 肩を開いて堂々と進め!
 君の鼻が向く先こそが正面の未来だ。
(どうせ、持たざる我らだろう?)

 微塵の後悔もないであろう、これからの諸君の人生に、惜しみない嘆美の大声を、強く、熱く、連帯の挨拶と共に、僕は送る。 


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#同時日記 #就活

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