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怪談と犯罪の間

おかしい、誰かが私のPASMOから金を盗んでいる。

PASMOといっても物理的なカードではなく、私のスマホの中に入っているPASMOである。

まさかな

思えば、通勤定期から日々の細々とした支払いまでの金をココに集結させて久しい。毎回チャージするのも面倒なので、3000円以下になると自動チャージされる仕組みである。

異変に気づいたのは、ある朝だった。偶々残高が、キリの良い数字になったから覚えていたが、次の日に改札内で自動販売機で飲み物を購入した際に、私の計算が合わなかったからだ。

それから、なんとなく気に留めるようにして緩いチェックを続けたが、何となく私が記憶していた金額と整合があっていないような気がする。

私は重い腰を上げ、自分のノートに毎日何を買ったか記録をつける事にした。小学校以来のお小遣い帳の復活である。記録をつけ始めて一週間、どうも休みの日は減っていないが、大体平日に決まって356円減っている事を突き止めた。

そういえば

テレビでスキミング被害の特集をしていたが、まさか私が被害者になるとは。しかし、敵もさるもの、クレジットカードだけではなく、こんな少額を毎日毎日狙いを定めて掠め取るなんて、ご苦労さまな事である。

そこで私はハッと気が付く。356、3⇒み、5⇒ご、6⇒ろし、そう見殺しと語呂合わせではないか、、、それだったら3564円の方がいいような気もするが、残高が足りない事も考えると確かに356円なら残高がない人はいない。私がターゲットだという意味なのか?

まず、犯人に私という人間が認識されているのか?それとも誰でもいい愉快犯なのかを突き止めなければいけない。

そこで、私は、何時もの電車をやめて2本早め、更に乗る車両も変えて見ることにした。気味の悪い語呂はたまたまで、足が付く事を恐れての少額スリなのだから、誰彼構わずかすめ取っているに違いない。

が、しかし

残高を見て私は愕然とする。きっちり356円減っているではないか。得てして敵は私に狙いをつけているようだ。

恐怖と戦いながら寝ないで作戦を考えた結果、翌朝、今度は接近戦を仕掛ける事とする。敢えて何時もの時間、何時もの場所に陣取りスキミングさせ、その隙にこちらが敵を認識する作戦だ。大胆不敵だが、もう少し状況証拠を揃えないとサツも動いてくれまい。

っという訳で翌朝、私はイヤホンをして気だるいサラリーマンを装う。実は外部音取り込みモードという最新のテクノロジーで音を拾っているとは敵も気づくまい。電車に乗っている時間はわずか10分、私は全神経を集中させて電車に乗り込む。

左前のピアス金髪の兄ちゃんか?いや右側に座る庶民派を装う年配の女性も怪しい。はたまた後ろに立つスーツなのにスニーカーを履いているオッサンも逃げ足を考慮してる?
どいつもこいつも白々しい顔をしているが、誰も私のスマホに近づいてくる素振りはない。警戒感マックスで臨んだ今日は私の勝ちだ。

電車を降りて、私は意気揚々と階段を上る。っとその時、前の人がボトッと財布を落とした。財布というか定期を入れたりする薄いカード入れ型財布である。
雑踏の人の群れの中での一瞬での出来事だったが、警戒心マックスだった私は敏感に気づき、サッと拾い上げ、落とした人に「落としましたよ」と手渡し、「あ、ありがとうございます!」という声を背に颯爽と抜き去っていく。

ああ、朝から徳積んじゃったなー俺。だってさー出るときに定期なくてさーあわあわするやん、誰だって経験あるけどさー。天使にみえてるだろなー俺

定期や!


至福の自分褒めタイムの思考回路が遮断され、あっと声が出そうになる。
そう、356円の正体は定期が切れて、平日に会社に行く度に、私はカード内の残高からチマチマ払っていたのである。1回178円、往復で356円。PASMOは、更新時期が近づくと改札通過時にアラームがでるが、丁度その前後に長めの海外に出張に出ており、全く気付かなかった訳である。

やめとけばいいのに、私は丁寧に付けていたお小遣い帳を引っ張り出し、損害額を計算してしまう。しめて4272円、ああ恨めしや。

今年も1年無事に一家の大黒柱である私が年を越せるのが何よりのプレゼントであるとして、サンタ税の減額で捻出した事は秘密である。

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