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私が好きになった人

 30歳になったばかりの私は激務の部署に異動することになった。今までの仕事とは段違いのプレッシャーと上司からの詰め。同僚にも恵まれず、誰にも弱音を吐くことができなかった。毎日のように上司に「君がみんなの足を引っ張ってるんだよ。前任の子だったらもっとできてたのに。」と自分自身を否定される言葉を浴びせられ続けて、私の心はボロボロだった。毎日のように泣いていたし、毎日消えたいって思って、カウンセリングにも通い始めた。

 転職しようか、それよりも自分が壊れるのが先か、というときに一人の後輩が異動してきた。若くて、仕事に一生懸命で、すぐに「いいな、この子」と思った。気になる人ができて、私はあんなに毎日憂鬱だったのに、仕事に行くのが楽しみになった。

 ある日、彼はいじわるな上司に「お前、この部署じゃ何もしてないな。」って嫌味を言われていて、「いや~本当すみませーん」って力なく笑っている姿があまりにも辛くて、上司が帰った後に私は彼に声をかけた。

 「さっきひどいこと言われてたでしょ。私すっごいむかついたんだけど。『言いすぎです!!』ってキレようかと思ったもん。」
 「いや、でも実際何もしてないのは事実なんで。まぁ傷つきますけどね。」

 帰りに話の流れで上司と後輩と私の3人でご飯に行くことになった。後輩は相当ストレスがたまっていたようで、ものすごい勢いでしゃべり始めた。そして、私と上司がいることで救われた、と。

「ヤンマーさんが、あんなに僕のことで怒ってくれて、嬉しかったです。」

 それから後輩となんとなく距離が縮まった気がした。彼はわからないことがあると、席が少し離れてるのにわざわざこちらに聞きにきたり、私が忙しそうにしていると自分の仕事が途中でも助けてくれたりした。ときどき帰りが私と上司と後輩の3人になると、彼からご飯に行こうと誘ってくれて3人で愚痴を言い合っていた。3人とも真面目で、独身で、仕事の考え方も合っていたから3人でいるととても居心地がよかった。

 私は後輩のことが好きで好きでたまらなくなってしまった。

 彼は私のことを慕ってくれていた。上司が私に対して理不尽に怒っているのを聞いて、「あれないっすよね!僕ほんとうにむかつきましたもん。」と怒ってくれた。私が仕事で失敗して弱音を吐いたら「僕はヤンマーさんの味方ですよ」と言ってくれて、私のことを心配してくれた。

彼の優しさは、激務の部署で一緒に働いている仲間としてのものだったけど、私はどんどん彼のことを好きになってしまっていた。このまま、近い距離で、彼と一緒に毎日を過ごせればそれでいいと思ってた。

 後輩と出会って半年がたった頃、今度は私が部署を異動することになった。私は後輩に一番に報告した。彼も私の異動にショックを受けていたようだった。「せっかく、楽しくなってきたところだったのに。寂しいです…。」異動までの日々は彼との別れを惜しむ時間もなくて、日々引継ぎの業務に追われていた私に、彼は「大丈夫ですか?僕にできることありますか?」と優しく声をかけてくれたり、飲み物を差し入れしてくれた。異動の最終日、後輩と上司と後任の子とご飯を食べに行った。彼は後任の子に今の部署の現状を丁寧に教えていた。私はもっと思い出話をしたかったけど、後任の子がいたらそうなるのは仕方がないと思った。少し、寂しくなった。こうして私は辛かった部署を離れることになった。

 職場が離れたら、もうそれでおしまいだと思っていた。彼とはもう会うことはないんだと。彼が好きな気持ちを、終わりにしないと。

 それでも、私は忘れることができなかった。優しい後輩の言葉や、楽しい思い出が頭から離れない。もっと彼からの優しさが欲しかったし、彼にまた会いたくて仕方がなかった。

 その思いを私はnoteに綴ったり、友人やカウンセリングの先生の相談したところ、「その恋、終わってないよ?どうして諦めるの?」と。

 そこではっとした。そうだよね、気持ちも伝えてないし、別に彼から否定されたわけじゃないのに、私は勝手にもうこの恋が終わってしまったと思ってしまった。色んな人に励まされて、私は異動してから後輩と上司をご飯に誘ってご飯に行ったり、上司の家に遊びに行ったり、聞きたいことがあると理由をつけて電話をかけたりした。会うのはいつも3人で。2人で会おうという勇気は出なかったし、彼も異動してからは私に連絡してくれることもなかった。

 こういう風にときどき会えればいいな、と思っていたら仕事での失敗や、弟の借金問題、後輩が婚活をしているという話を聞いたり、嫌なことがたくさん重なって私は一気に落ち込んでしまった。

 何もする気が起きなくなって、私はもう彼に連絡する元気を失ってしまった。もうこれで今度こそ終わりだ、と落ち込んでいた時に、後輩から電話がかかってきた。私が仕事で失敗したことを聞きつけて、心配して電話をしてくれたのだ。

 「ヤンマーさん、気を落とさないで下さい。また3人でご飯行きましょう。」

 涙が出るほど嬉しかった。彼は私の大好きな優しい彼のままだった。彼に少し弱音を吐いて、仕事の失敗が落ち着いたら、またご飯に行こうね、といって電話を切った。しかし、コロナの関係でご飯にも行けず、仕事の失敗も結局後始末が終わらないまま時間だけが過ぎて行って、いまだに彼とは会えないまま。

 彼のことはまだ忘れることができない。彼に彼女が出来たり、結婚するまでは諦めることができないみたいだ。

 時間がたつにつれ、彼と過ごした時間はだんだん思い出になっていくけれど、彼を好きになった気持ち、毎日わくわくして、胸が締め付けられるような気持ちになったこと、きっと忘れない。私は彼のことを思い続けるだろう。 

 彼にまた会える、その日まで。

#忘れられない恋物語

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