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vol.35 会計士とAIとの共存

はじめに

先日横浜トリエンナーレに行ってきました。

一番印象に残ったのはジョシュ・クラインによる「生産性の向上 (ブランドン/会計士)」という作品です。

筆者撮影

透明なゴミ袋に入れられた3Dプリンタによる会計士の姿を通して、AIの破壊的な影響の先にある、ありうるかもしれない一つの未来を見てきました。

筆者撮影

この作品は、AIによって不要となる職業の象徴として会計士を描き、私たちに「ゴミ袋に入らないためにはどうすればよいのか?」という問いを投げかけてきます。

会計士のような職業は数値を扱う関係上、デジタル化しやすくAIとの親和性は極めて高いと思います。そこで今回はAIから逃れるのではなく、AIと共存するためにはどうすればよいかを考えてみました。

まずはAIとの共存を考える上でのフレームワークを整理していきます。


1. AIとの共存を考える上でのフレームワーク

International Monetary Fund ("IMF") は2024年1月に「Gen-AI: Artificial Intelligence and the Future of Work | 生成AI: 人工知能と仕事の未来」と題するレポート ("IMFレポート") を公表しています。

IMFレポートはAIとの共存を考える上でのフレームワーク ("フレームワーク") を提供しています。具体的にはAIへの露出度 ("Exposure") とAIとの補完性 ("Complementarity") という2つの軸を提示した上で、職業を3つのグループに分類しています。

(1) 2つの軸

① Exposure: AIによって代替される可能性がどれだけあるか?

② Complementarity: AIとどれだけ上手く共存し相乗効果を生み出せるか?

(2) 3つの職業グループ

① High Exposure, High Complementarity (“HEHC"): AIによって代替される可能性が高いが、AIとの補完性も高い。例えば裁判官や弁護士。

 High Exposure, Low Complementarity (“HELC"): AIによって代替される可能性が高く、補完性が低い。例えばエコノミストやテレマーケター。

 Low Exposure (“LE”): AIによって代替される可能性が低い。例えばダンサーやトラックドライバー。

3つの職業グループを2つ軸の図にマッピングすると以下のようになります。

筆者作成

2. AIとの共存を考えるうえでのポイント

フレームワークをふまえ、自分のキャリアを考える上では以下がポイントとなると考えます。

① HEHC: AIとの共存が進み、生産性の向上が期待される (AI勝ち組)

② HELC: AIにとってかわられる (AI負け組)。

③ LE: AIへの影響を受けにくいが、生産性の向上はあまり期待できない。

④ Exposure: 職業を選ぶ段階でAIへのExposureはある程度決まっている。

⑤ グループ間移動: HELCやLEからHEHCへの移動は容易ではない。特に教育レベルや年齢などが参入障壁となるため、早めのリスキルが重要。

上記をふまえ、自分を上記二次元の図にマッピングの上、どのグループで戦うかを意識していくことが重要となります。当然右上のHEHCでビジネスができればAIとの共存により生産性が上がり、高い報酬が期待できることとなりあます。

次のセクションでは会計士をフレームワークにあてはめ、AIとの共存に関する戦略を考えてみます。

3. 会計士へのあてはめ

(1) Exposure (X軸)

結論として、会計士はHigh Exposureに属する職業と考えられます。

まずデジタルと親和性の高い数値を扱う以上、筆者の直感としても会計士という職業はAIへの露出度は高いものと思われます (その結果、横浜トリエンナーレでもアーティストが象徴的な題材として会計士を使用)。

Exposureの考え方について、IMFレポートは以下の論文を参照しています。

上記リンク先の論文 3.1 Table2によれば、「Accountants and Auditors | 会計士と監査人」はExposureの高い職業の第8位としてとりあげられており、直感が統計データによっても裏付けられているといえるでしょう。

(2) Complementarity (Y軸)

結論として、会計士としてバリューチェーン全体のどの部分を請け負うかによってComplementarityが変わってきます。管理職として判断や責任を取るほどComlementarityが上がり (共存可能性が上昇)、逆に指示を受けた作業を行うのみで留まればComlementarityは下がる (共存可能性が低下)という関係です。

Complementarityの考え方について、IMFレポートは以下の論文を参照しています。

この論文の2.3によれば、Complementarityの算出に際して6つの要素を勘案しているとのことです。

① Communication: コミュニケーションでは、対面でのやり取りや人前での話術など、微妙な複雑さを持つスキルが引き続き人間に求められます。被監査会社に監査判断を説明する際の説得力は、現時点でAIでは再現できない人間特有の能力です。

② Responsibility: 責任の面では、結果に対する責任を伴うタスクでは、人間の関与が不可欠です。AIがリスク予測を支援する一方で、リスク対応手続き実施の結果、意見形成の過程でどこまでリスクを受け入れ可能かの判断については人間が関与し続けるものと思われます。

③ Physical Condition: 物理的条件においては、屋外での作業や他者との物理的な近接を伴う場合、人間の適応性と感覚的洞察力が引き続き価値を持ちます。現場に往査し、被監査会社へディスカッションを通じて価値を届けたり、あるいは財務数値と会社の実態を紐づけた上で何らかの洞察 (i.e. 棚卸資産の保管状況や固定資産の稼働状態)を提供することは人間にしかできないものと考えます。

④ Criticality: 切迫した状況下での判断を要する場合、誤った判断結果が甚大な影響を及ぼす可能性があり、人間の判断は極めて重要となります。被監査会社がサイバーインシデントの被害を受けた結果、AIは異常性を検知しアラートを発信することはできますが、限られたリソースの中で、その後どのように監査を進めてくべきかの判断は人間が行うこととなります。

⑤ Routine: 経常的か否かの観点からは、経常的な自動化される作業を伴う職業はAIによって代替されやすいですが、非経常的な固有性の高い作業を伴う職業では、AIの自律的な動作には限界があります。会計士が関与する仕事は毎年繰り返される部分が多く、経常的な作業が多くなりがちではありますが、M&A、不正対応、プロセスのデジタル化等は引き続き人間が主となり対応を行う必要があるでしょう。

⑥ Skills: スキルに関し、AIテクノロジーを効果的に運用し、その結果を正確に解釈するためには、しかるべき専門知識が必要となります。AIによるリスク評価モデルによりアラートが出た場合、その内容を正しく解釈し、対応を行えなければ意味はありません。

会計士は、これらの6つの要素を念頭に置き、ビジネスの場において同要素を使う機会を意図的に増やすことにより、Complementarityを上げていくことが可能となります。結果、AIへのExposureが高い中でもAIとの共存が進み、結果、高い生産性と報酬が期待できるものと思われます (HEHCのグループのポジション取り)。

4. まとめ

IMFレポートの内容を紐解き、「会計士とAIとの共存」としてまとめてみましたが、いかがでしたでしょうか?

横浜トリエンナーレのテーマは「野草:いま、ここで生きてる」です。会計士として将来HELCのグループに分類され、AIに仕事を奪われてしまわないよう、6つの要素を雑草魂と共にしぶとく学んでいきたいと思います。

みなさまも来るべきAIとの共存社会を鑑み、ご自身の職業のポジショニングを確認し、今から準備を進めていきましょう。

おわりに

この記事が少しでもみなさまのお役に立てれば幸いです。ご意見や感想は、noteのコメント欄やX (@tadashiyano3) までお寄せください。

この記事に記載されている内容は、私の個人的な経験と見解に基づくものであり、過去に所属していた組織とは関係ございません。


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