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vol.19 ダイハツ不正と学習する組織

今回ですが、再度エドテック企業の有価証券報告書から離れ、ダイハツ不正に関する雑談回とさせて頂きます。

雑談回の背景

昨年末に投稿したvol.17で、ダイハツ不正を失敗の本質と対比しながら整理しました。

その際、再発防止策 (当記事において9つの再発防止策は後述) についてはほとんど触れておりません。一方で組織運営の実務上、調査報告書において提示された再発防止策を実施すればすぐに問題がなくなる、といった単純な構造ではないと思われます。

そこで、この雑談回では、やるべき事項について分かってはいるものの「何故組織を変えることは難しいのか? 」を整理し、「どのように組織を変えていく必要があるのか?」 を論じてみたいと思います。

なお、今回は「学習する組織」で示されたフレームワークを活用していきます。学習する組織はピーター・M・センゲによって1990年代に提唱された概念であり、管理型組織からの脱却を目指し、従業員が自主的に考え行動する組織を指します。この考えは、センゲの著書『The Fifth Discipline』に初めて紹介され、日本では『最強組織の法則』として1995年に刊行されました。2011年には、より理解しやすい完訳版『学習する組織 システム思考で未来を創造する』が出版されています。

センゲは、変化の激しい時代に対応するため、従業員が自主的に学び、組織と個人の成長を促進する組織づくりの重要性を説いています。

記事の全体像

目次のうちアルファベット (A~D) を振った4つのセクションが主要部分となります。


A 再発防止策の概要
再発防止策を簡単に要約します。

B 学習する組織の概要
学習する組織を簡単に要約します。

C 再発防止策の学習する組織へのあてはめ
上記二つのセクションの内容をふまえ関連付けを行います。

D あてはめから得られる洞察
あてはめから何が得られるのかを検討します。

それでは早速再発防止策の概要から進めていきましょう。

A 再発防止策の概要

調査報告書の再発防止策は、以下9つの要点にまとめられます。

1 経営幹部の反省と決意の表明
経営幹部は過去の短期開発による問題を深く反省し、従業員に対して改善への決意を明確に伝える必要があります。これには、過去の誤りを認め、今後の方針を明確にすることが含まれます。

2 硬直的な「短期開発」の開発・認証プロセスの見直し
短期開発のプロセスを見直し、より柔軟で実現可能なスケジュールを設定することが求められます。これには、開発段階での試験データの適切な利用や、開発と認証機能の分離が含まれます。

3 開発・認証プロセスに対する実効性のある牽制
性能開発、評価、認証の各機能を組織的に分離し、相互牽制を強化することが重要です。これにより、不正行為の温床となる職場環境を改善し、より健全な組織運営を目指します。

4 コンプライアンス及び自動車安全法規に関する教育研修の強化
従業員の法規理解を深めるための教育研修を強化することが求められます。これにより、従業員が法規に基づいた適切な判断を下せるようになります。

5 職場のコミュニケーション促進と人材開発の強化
管理職と従業員間のコミュニケーションを促進し、人材育成に注力することが重要です。これには、1対1の面談やキャリアプランの相談などが含まれます。

6 内部通報制度の信頼性向上
通報に対する客観的な対応と透明性の向上を図ることで、内部通報制度の信頼性を高めます。これにより、問題が早期に発見され、適切に対処されるようになります。

7 経営幹部のリスク感度を高めるための取組み
経営幹部は、外部の意見を取り入れ、リスク管理の意識を高める必要があります。これには、他社の不正事例や監査の動向を学ぶことが含まれます。

8 改善への本気度を示す経営幹部のメッセージの継続的な発信
経営幹部は、改善に向けた本気度を組織全体に浸透させるためのメッセージを継続的に発信する必要があります。これにより、従業員は経営層の改善への取り組みを実感し、モチベーションを高めることができます。

9 再発防止策を立案・監視する特別な機関の設置
再発防止策の立案と監視は重要な問題であり、外部専門家の支援を得た特別な機関を設置することが検討されています。これにより、具体的な再発防止策の立案と導入が慎重に行われることが期待されます。

次に、Bセクションでは、学習する組織の概念を見ていきます。

B 学習する組織の概要

学習する組織は、従業員が変化に敏感で、自発的に学び成長することで組織全体が進化する概念です。ピーター・センゲはこの概念を「5つのディシプリン」として定義しています。かなり抽象的なので、後述の再発防止策の当てはめを一読後、再度ご確認いただければと思います。

1 自己マスタリー
従業員が自分のビジョンを明確にし、内発的な動機付けで行動する状態 (自分事となっているか?)。個々人が「自分がどうありたいか」を明確に持ち、それを実現するために自ら学び、成長することが重要です。自己マスタリーは組織の基盤となり、個人のエネルギーが組織全体のエネルギーに影響を与えます。

2 メンタルモデル
深く根付いた前提や思い込みを意識し、それを改善するプロセス。メンタルモデルは行動を制限することがあり、問題解決や物事の進行に影響を与えるため、自分のメンタルモデルを理解し、必要に応じて変更することが重要です。

3 共有ビジョン
組織全体で共有されるビジョン。一人のリーダーに依存するのではなく、全員がビジョンを共有し、それに基づいて行動することで、組織は一丸となって目標に向かいます。共有ビジョンは、組織の方向性を決定し、メンバーのエネルギーを結集させます。

4 チーム学習
メンバー間の対話を通じて、チームとしての学習と成長を促進するプロセス。チーム学習では、メンバーが持つ多様な視点やメンタルモデルを理解し、共有することで、チーム全体のパフォーマンスを最大化します。

5 システム思考
問題の本質を把握し、課題解決に繋げる思考方法。システム思考では、問題を表面的に捉えるのではなく、全体の要素間の相互作用を理解し、根本的な解決策を見出します。

これらのディシプリンは相互に影響し合い、組織の学習と成長を促進します。個々人のエネルギーが組織全体のエネルギーに影響を与え、組織が生命体のようにしなやかに変化し続けるための基盤となるとされています。

Cセクションでは、再発防止策がこれらの概念にどうあてはまるのかを探っていきます。

C 再発防止策の学習する組織へのあてはめ

調査報告書に記載された再発防止策9項目について学習する組織の5つのディシプリンへのあてはめを試みます。

1 経営幹部から従業員に対する反省と出直しの決意の表明、8 改善への本気度を示す経営幹部のメッセージの継続的な発信
この二つは、5つのディシプリンの内、「3 共有ビジョン」にあてはめます。ここで重要なのは、一人のリーダーに依存するのではなく、全員がビジョンを共有すること。決意の表明が各従業員に届き、心を動かし、そして行動を引き出せるか? かと思います。

言うまでもなくメール一本を流してこのような状態に達する訳はなく、根気強く組織内の「4 チーム学習」の中で対話を続け、各従業員の腹落ちを得ることが必要になってきます。

また各従業員は上層部が何か言っているという他人事ではなく、あくまで自分事として受け止め、自らを磨いていく必要があります (「1 自己マスタリー」)。その為には各従業員においても長い歴史の中で深く根付いた前提や思い込みを再認識する必要があるでしょう (「2 メンタルモデル」)。

2 硬直的な「短期開発」の開発・認証プロセスの見直し、3 開発・認証プロセスに対する実効性のある牽制、4コンプライアンス及び自動車安全法規に関する教育研修の強化、6 内部通報制度の信頼性を向上させるための取組み、7 経営幹部のリスク感度を高めるための取組み
これら五つはまとめて「5 システム思考」にあてはめます。ここで重要なのは、元々今の業務プロセス・牽制・通報等の仕組みは、社内・社外、色々な利害関係の上で構築されたものであり、部分的に修正すれば問題は全て解決するといった単純な因果関係ではない、という点です。このような認識をどれだけ組織全体で持てるか? がとても重要だと考えます。

プロセスの見直し、牽制の強化、内部通報強化、及び研修の実施によりどのような影響が生じうるのか、プラス面、マイナス面を双方共に幅広く整理し、マイナス面があっても「3 共有ビジョン」に向かって各従業員が自分事として (「1 自己マスタリー」) 同方向のベクトルを向くことができるか?、がポイントとなるでしょう。

逆にここの整理ができないと、マイナス面が出始めた際、改訂後プロセスや牽制体制、あるいは研修について、迂回や偽造といったおかしな動きが出てくるリスクは十分あるものと考えるべきであり、経営幹部のアンテナ (まさにリスク感度) が試されるものと思われます。

5 職場のコミュニケーション促進と人材開発の強化
この二つは「4 チーム学習」にあてはめます。繰り返しとなりますが、各従業員が自分自身のメンタルモデルを再認識し(「2 メンタルモデル」)、再発防止策を自分事として受け止めた上で (「1 自己マスタリー」)、腹を割って対話を続けることができるか? が重要だと考えます。

例えば1時間のディスカッションや懇親会を設定しただけで簡単に解決するものではなく、人材ローテーションの調整を含めた相当程度の時間とリソースの投入が必要になるでしょう。

9 再発防止策を立案・監視する特別な機関の設置
5つのディシプリンの観点から、「学習する組織となって再発防止策を整備・運用できているか?」を客観的に検討することとなります。もちろん機関メンバーもメンタルモデルを捉え直し(「2 メンタルモデル」)、自分事として取り組むべきである点はいうまでもありません (「1 自己マスタリー」)。

他の項目でもあてはめ可能かと思われますが、記事をシンプルにすべく、あてはめ自体は一旦ここまでとさせて頂きます。興味のある方は是非『学習する組織 システム思考で未来を創造する』を手にとってみて頂ければと思います。

D あてはめから得られる洞察

D-1 何故組織を変えることは難しいのか? 

Cのセクションを見れば、まさに「言うは易く行うは難し」です。学生時代の部活やその後の仕事、その他のプロジェクトの中で自然とチームが一丸になりフローの状態になる経験を誰もが一度は持つのではないか、と思いますが、これを言語化し、意識的に実行へ移すには相当なリソースと覚悟が求められます。

トップが重要なのは当然ですが、日本の組織にとって全従業員自分事として自ら選択・取り組むことができるか? も大変重要なポイントかと考えます。

「私は悪くない。」
「他部署が動かないから上手くいかない。」
「私には関係ない。」

といったことを言っていたらそのような個を構成する組織は変わっていかないということです。

D-2 どのように組織を変えていく必要があるのか?

学習する組織で示された5つのディシプリンを意識して再発防止策に取り組むことも一考かと思います。その後ディシプリンのどこかに問題はないか、常に検討し続けることが重要だと考えます。さらに定期的に全従業員へ意識調査に関するアンケートを実施し、改善が進んでいるか定点観測を行った上で、いわゆるPDCAサイクルを回していかなければなりません。この際、まずは小さなチーム (異なる部署からのメンバーによるプロジェクト立上げ)をスピード感を持って作り、成功・失敗の経験を積み上げて横展開することも良いでしょう。

時間はかかりますが、一度学習する組織になれば、それは個を束ねる強力な競争優位になります。変わり続ける環境に対し、大きな不祥事を起こすことなく、しなやかに組織も変化し続けるでしょう。

vol.17でダイハツ不正は同社固有のものではなく、我々の周囲にも潜んでいるかもしれない問題である、と指摘しました。この推測が間違っていないのであれば、我々日本人は例えば学習する組織のような組織運営に関するフレームワークをもっと学び、実践して、ガバナンスを一つ上のステージへ上げていかなければならない時が来ているのではないかと思うのです。

おまけ (J-SOXの視点)

会計士の視点から見ると、再発防止策の導入・実行は、開発・認証プロセス等、一部業務プロセスに係る内部統制があるものの、主に全社的な内部統制に関する事項と捉え直すことが可能かと思います。

実際に財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準では、以下の記述がなされています。

I. 内部統制の基本的枠組み
2. 内部統制の基本的要素
(2) 統制環境
⑤組織構造及び慣行
組織の慣行は、しばしば組織内における行動の善悪についての判断指針となる。 例えば、組織内に問題があっても指摘しにくい慣行が形成されている場合には、統制活動、情報と伝達、モニタリングの有効性に重大な悪影響を及ぼすことになる。組織の慣行は、組織の歴史、規模、業務の内容、従業員構成など組織内部の条件や、市場、取引先、株主、親会社、地域特性、産業固有の規制など組織外部の条件に合 わせて形成されたものであることが多い。したがって、特に長年に亘る組織の慣行 を変えるには大きな困難が伴うことがあるが、こうした慣行に組織の存続・発展の 障害となる要因があると判断した場合、経営者は、適切な理念、計画、人事の方針等を示していくことが重要である。

「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」より引用
太字筆者

調査報告書は「事業活動に関わる法令等の遵守」に関する内部統制に主眼をあてており、必ずしもJ-SOXに直接影響を与えるものではないのかもしれませんが、仮に一部でも「財務報告の信頼性」に関する内部統制にも関連するとした場合、経営者や会計監査人は上記統制環境が有効に整備・運用されているかを評価・監査することとなります。

全社的な内部統制のような抽象的な概念の場合、何をもって有効と判断するでしょうか?

例えば年始の挨拶で経営者が「適切な理念、計画、人事の方針」を話せば足りるのか、あるいはそれを受けて全従業員が議論を重ねており、サンプルで従業員にインタビューをするのか、このあたりのレベル感は実務上相当程度主観的にならざるを得ず、制度上の大変悩ましいエリアかと思います。

まとめ

この記事を通じて、ダイハツの不正問題とその再発防止策が、学習する組織の枠組みを通じてどのように整理されるかを明らかにしてみましたが、いかがでしたでしょうか?

地震や飛行機事故など、暗いニュースが続いている中、被災された皆様には心よりお見舞いを申し上げます。そのような中、炎上したJAL機から乗客367人、乗員12人が全員脱出したことが大きな注目を集め、海外メディアを含め「奇跡」と賞賛されています。

少し前の話ですが、JAL (日本航空)は2010年に会社更生法を適用し、その後稲盛和夫氏によって経営再建を果たしました。

以下は上記Webサイトからの抜粋ですが、ここでもいくつか学習する組織の考えを見て取れるかと思います。

破綻当初の日本航空は、倒産したことに対する危機感や当事者意識が欠けており、社員の一体感もなく、再建は、不可能とさえいわれていました。

JALフィロソフィ」が策定されたことにより、日本航空に共通の価値観が生まれるとともに、全社員の意識改革が進みました。

アメーバ経営の導入により、社員一人ひとりに経営者意識が芽生え、いかに自部門の売上を伸ばし、経費を削減できるかを全社員が主体的に考えるようになったのです。

稲森 和夫 OFFICIAL SITEより引用
太字及びリンク筆者

今回の飛行事故や乗客全員脱出に奇跡に関する背景は、今後も様々な分析が行われると思いますが、学習する組織であるJALが、JALフィロソフィという共有ビジョンの下、日々の訓練の賜物であると考えます。

尊い命をお預かりする仕事
感謝の気持ちをもつ
お客さま視点を貫く

JALフィロソフィより引用

組織をこのようなレベルに持っていくことは容易ではありませんが、今我々は組織力を問われており、避けては通れない課題になっています。皆さんの職場や日常生活においても、今回の学びを活かし、より効果的なコミュニケーションと個人の成長を目指してみてはいかがでしょうか。

この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました。皆様のご意見やフィードバックをお待ちしています。

おわりに

この記事が少しでもみなさまの参考になれば幸いです。ご意見や感想は、noteのコメント欄やX (@tadashiyano3) までお寄せください。

なお、投稿内容は私個人の見解に基づくものであり、過去所属していた組織とは関係ございません。

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