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vol.25 開示事例でみる東証のPBR改革

1 はじめに

東京証券取引所(「東証」)は2024年2月15日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(「資本コスト等開示」) に関する開示企業一覧表をアップデートしました。

今回の開示企業一覧表は1月31日時点で作成されており、単純に社数だけを集計したところ、前回の1,115社から109社純増し、結果1,224社(検討中としたものを含む) となっています。

なお、開示企業一覧表は毎月アップデートすることとしており、東証の市場の活性化に対する真剣度が伝わってきます (「東証のPBR改革」)。

他にも多くの要因があると思いますが、事実として今のところ2024年の日本の株式市場は活況を呈しています。

そこで今回の記事では東証のPBR改革について、成果を出している会社はどのような内容を記述しているのか具体的に整理してみました。


2 資本コスト等開示と株価増減率分析

2024年1月に資本コスト等開示を行った企業は16社あります (*1)。

(*1) IR BANKの適時開示情報を用い「資本コストや株価を意識した経営」をキーワードに開示資料を検索・集計した。なお、東証の開示企業一覧表はプライム及びスタンダード市場の上場会社を対象とし、直近に提出されたコーポレート・ガバナンスに関する報告書の「コードの各原則に基づく開示」欄、もしくは、「コードの各原則を実施しない理由」欄において、一定のキーワード (検討中を含む) を掲載しているものを集計しているため、今回の16社を含む大きな数となっている。

この16社について、適時開示後の株価の動きをまとめると以下のようなグラフとなります。

筆者作成

母集団は少ないですが、このグラフだけを見ると16社中9社と過半数の会社で株価が増加しています。

なお、一部の会社は資本コスト等開示と同時に他の適時開示 (i.e. 配当方針の変更や増配など)も行っている点はご留意ください。

では、次のセクションでは株価が上がった会社は具体的にどのようなことを記載しているのかを深掘りしていこうと思います。三協立山とモリトの2社を次のセクションで取り上げていきます(*2)。

(*2)アイティメディアと日本フィルコンは増配に関する適時開示も同時に実施している。一般的に増配の適時開示は株価が上がりやすい状況であることも勘案し、今回の分析の対象外とした。

3 個社の取組み事例分析

(1) 三協立山

現状分析にフォーカスした適時開示となっている点が特徴的です。

図1: 三協立山の適時開示より引用

現状分析の中で、三協立山は以下のような分析を実施しています。

  • PBRをROEとPERへと分解 (ROEは8%にラインあり)

  • PBRが低迷している要因は「収益力の低さ: 課題①」「成長期待の低さ: 課題②」と分析

  • 課題①については建材事業や国際事業に問題ありとの認識

  • 課題②については投資計画のわかりにくさや市況影響への感応度の高さに問題ありとの認識

図2: 三協立山の適時開示より引用

上記をふまえ、三協立山は2024年5月に具体的な計画・目標・施策を公表予定としています。

三協立山の事例では、等身大の姿を分析した上で今後の予定を公表、翌日は株価アップとなっています (なお、同日発表の第2四半期決算短信によれば、前年同期比は減収増益)。

2024年2月1日に公表された『投資者の視点を踏まえた「資本コストや株価を意識した経営」のポイントと事例』のフレームワーク(「資本コスト等開示フレームワーク」)にあてはめると、以下になろうかと思います。

「現状分析・評価」のポイント②
投資者の視点を踏まえて多面的に分析・評価する

PBRやROE等の指標は、業種・業態によって平均的な水準は異なり、また、会計上の要因等によって一時的に大きく変動する場合もあることなどから、他社との比較や時系列の分析を行うことも期待されています。

資本コスト等開示フレームワークより引用
太字筆者

次にモリトを見てみましょう。

(2) モリト

過去の財務数値やPBRを並べ、「資本コストを上回るROEの実現」は必須とした上で、2026年11月期のROE目標を6.5%と設定しています。

あわせて第8次中期経営計画をアップデートしました。この中期経営計画の中で2030年11月期のROE目標を8.0%としています。

このような目標の下、第8次中期経営計画では今後投資していく分野を具体的に明示し、投資予算 (図1) と共に目指すべきバランスシートの将来像 (図2) を公表しています。

図1: モリトの適時開示より引用
図2: モリトの適時開示より引用

モリトの事例では、過去の増収増益 (PL思考) ではなく、無形資産投資を含めた将来の投資戦略とあるべきバランスシートを示し (BS思考)、株価は上がるという事象となっています (なお、同日発表の決算短信によれば、対前年同期比で増収増益)。

資本コスト等開示フレームワークにあてはめると、以下になろうかと思います。

「取り組みの検討・開示」のポイント①
経営資源の適切な配分を意識した抜本的な取組みを行う

短期的に資本収益性や株価を向上させるためのテクニカルな取組みではなく、抜本的な取組みを進め、経営資源の適切な配分を実現することです。

持続的な成⻑の実現に向けた知財・無形資産創出につながる研究開発投資、人的資本への投資や設備投資、事業ポートフォリオの見直し等の取組みを推進することが期待されています。

資本コスト等開示フレームワークより引用
太字筆者

4 資本コスト等開示フレームワークの有用性

東証が提示した資本コスト等開示フレームワークは三つのステップと各ステップでの取組みのポイントおよび関連する事例がまとめられており、企業にとってはもちろん、投資家や会計士にとっても大変有効なツールセットになっています。

このような共通言語があれば、企業は自身の経営状況を客観的に分析のうえ、成長戦略の策定・実行、および投資家とのコミュニケーションのイメージを持ちやすく、これまで以上に企業価値の向上 (PBR 1倍割れ問題) の施策はうちやすくなるでしょう。

東証のPBR改革はまだ始まったばかりです。今後もこの野心的な改革が個社の企業価値や市場全体の成長にどう寄与するのか、とても楽しみであると共に、市場をしっかりと見守っていきたいと思います。

5 おわりに

この記事を通じて、2024年1月の資本コスト等開示の事例を用い、東証のPBR改革を整理してみましたが、いかがでしたでしょうか?

2024年1月に始まった新NISAの投資先として国内ではなく海外のインデックス等が選択され多額の資金が流出しています。

一方で国内の株式市場は基本的に上昇トレンドですが、主な買い手は海外投資家となっています。

つまり全体像は「日本人は日本の資産を買わず海外の資産を買い、外国人が日本の資産を買う」という流れになっています。

ちなみにこの構図ですが、過去にも似たような現象がありました。

美術品です。

皮肉なことに外国人による蒐集活動は、日本人が日本美術を再発見する契機にもなる。先にもふれたように、明治維新以後、日本人の伝統美術に対する評価は地に落ちていた。そこへ外国人がやって来て、日本の古美術品を高く評価して大量に買い集める。結果、にわかに多くの日本人が日本の古美術を再評価するようになる。

中野明 (著) 「流出した日本美術の至宝─なぜ国宝級の作品が海を渡ったのか」より引用
太字筆者

確かに歴史は繰り返されるのかもしれませんね (ニセコの再開発も「不動産 = 資産」と考えれば同じ構図)。

ここで重要なポイントは日本人なのに勿体無いと嘆くことではなく、これをよい機会と位置付け、日本人の資産に対する目利き力と市場全体の魅力アップに努めることとして、本投稿を締めたいと思います。

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投稿内容は私個人の見解に基づくものであり、過去所属していた組織とは関係ありません。

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