vol.34 東証のPBR改革アップデート
1 はじめに
東京証券取引所(「東証」)は2024年4月15日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(「資本コスト等開示」) に関する開示企業一覧表をアップデートしました(「東証のPBR改革」)。
今回の開示企業一覧表は3月31日時点で作成されており、単純に社数だけを集計したところ、前月の1,317社から164社純増し、結果1,481社 (検討中としたものを含む) となっています。
前月に引き続き今回の記事においても、東証のPBR改革について株価が上昇している会社はどのような内容を記述しているのかを整理してみました。
2 資本コスト等開示と株価増減率分析
2024年3月に資本コスト等開示を行った企業は29社 (2024年において、同開示を行なった会社は累計で84社)あります (*1)。
累計84社について、適時開示後の株価の動きをまとめると以下のようなグラフとなります。
このグラフだけを見ると平均、中央値ともに0を超えており、歪度も正の数値であることから、全体的に右方向へ歪んでいる (株価が上がるケースが多い) ことが分かります。
3 株価が上昇した会社リスト (2024年3月)
以下は2024年3月までにおける資本コスト等開示後の株価増減率上位10社のリストとなります。
10社中9社が増配や自己株式取得の適時開示を同時に実施していることが分かります。そこで今回は増配や自己株式取得 (以下、「ペイアウト政策」) が株価に与える影響を取り上げてみることとします。
4 ペイアウト政策が株価に与える影響
この文脈で重要なのが、シグナリング仮説とフリーキャッシュフロー仮説です。これら二つの理論を通じて、増配と自己株式の取得がどのように企業価値に影響を及ぼすかを見ていきましょう。
(1) シグナリング仮説
シグナリング仮説とは、企業が行う財務的な決定が、外部の投資家に対して内部の情報を伝える手段となるという考え方です。具体的には、企業が増配することや自己株式を取得することが、業績の良さや未来のキャッシュフローの安定性に対する自信の表れと解釈されます。
例えば、企業が増配を行う場合、これは持続可能な利益の増加や財務の健全性を市場にアピールする行動とみなされるため、投資家はこれを好材料と捉え、株式の購入を増やす傾向にあります。
同様に、自己株式の取得も企業が自社株価を適正以上に低く評価していると判断している場合に実施され、これが株価の支持や投資家の信頼増加につながることがあります。
(2) フリーキャッシュフロー仮説
フリーキャッシュフロー仮説とは、企業が効率的な再投資の機会に乏しい場合、過剰な現金を保有することが逆に価値を減少させるリスクを持つという考え方です。
例えば、過剰なフリーキャッシュフローを株主に増配を通じて還元することで、経営者がその資金を非効率的な投資に使用することを防ぎます。
同様に、自己株式の取得も余剰資金を有効に使用する方法として機能し、企業の資本効率を改善します。
(3) まとめ
資本コスト等開示後に株価が上がった会社をリストアップすると、その多く(株価上昇率上位10社中9社) はペイアウト政策の適時開示も同時に行なっているという事実を見てきました。
この事象をファイナンス理論から考えると、ペイアウト政策の適時開示が、内部情報の信号として機能 (シグナリング仮説)、または資本の効率的な使用を期待 (フリーキャッシュフロー仮説) 、を通じて株価上昇に寄与している整理することが可能となります。
一方で、これら二つの仮説は企業がより収益性があがる、あるいは効率的に資本を活用できる (e.g. 今後ROEが高まる)といった大前提の下に成り立っています。
完全な市場の下、税金を勘案しなければ、「資金調達方法の組み合わせ方を変えても企業価値は変化しない」というMM理論を念頭に、財務政策の効果と限界を理解することが重要かと思われます。
5 おわりに
この記事を通じて、2024年3月の資本コスト等開示の状況を分析し、東証のPBR改革を整理してみましたが、いかがでしたでしょうか?
今週から来月中旬にわたり、2024年3月末を決算期末とする会社の決算発表が相次ぎ、あわせて資本コスト等開示の事例も一層増えていきそうです。そのような中、今後は単なる開示のみではなく、その中身、特に収益性や資本効率をどう高め、ROEを向上させていくかが具体的に問われていくものと思われます。
最近の市場が調整局面を迎えている中で、質の高い資本コスト等開示を通じ、日本経済は引き続き変わっていくという市場ムードが醸成されることを期待することとし、この記事を閉じたいと思います。
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