vol.37 M&Aは上手くいっているのか?
記事の全体像
はじめに
企業の成長戦略の一つとして、企業結合 (M&A等) の件数は増加トレンドにあります。
一方で、M&Aの多くは上手くいっていないとする記事がいくつも見受けられます。なお、M&Aの失敗は最終的に会計上減損損失として損益計算書に表れることとなります。
IFRS会計基準にはM&Aに関する会計基準としてIFRS第3号「企業結合」、及び固定資産投資に関する会計基準としてIAS36号「資産の減損」がありますが、2024年3月14日に国際会計基準審査会から、これら二つの基準の改正が提案されています (まだ最終確定ではない公開草案という段階)。
そこで、今回は改正の内容の全体像をおさえ、今後も増加するであろうM&Aに対し、会計というツールがどのようなサポートをしようとしているのかについて考えてみたいと思います。
のれんと減損
本題に入る前に、のれんの算出方法と減損の意味について簡潔に説明しておきます。
左側の箱はM&Aされる側の会社の貸借対照表とします。資産と負債を差し引いたものが会計上の純資産となります。これに対し、右側の箱ではM&Aでの交渉を経て、会計上の純資産とは異なる金額で取引価額が妥結しています。
(1) のれん
のれんはM&Aでの取引価額と会計上の純資産の差額とします (e.g. シナジー)。 なお、ここでは簡略化のため、左側の箱における簿価と時価に差異はなく、更にはのれんとは別に認識すべき無形資産等はないものと仮定します。
(2) 減損
M&Aでの交渉の際、これくらいの価値はあるかも、と考えて払った取引価額に対し、その後全然思うようにいかず、後から振り返ると高い買い物をしてしまった、ということが分かってしまったとしましょう。この場合、M&A対象の事後的な価値は下がってしまうため、のれん自体も減少させなければなりません。のれんの減少は、会計上減損損失という科目を通じて費用計上されることとなります。
のれんの減損という費用科目が、関連するM&Aの成功または失敗の一つの指標となる点がポイントです。
なぜ改訂が提案されたのか?
投資家側は企業のM&Aを評価する際、のれんの減損が出ているか否かに注目しているものの、その発生タイミングが遅れ気味ではないかいう声が、投資家からあがっていました。
これに対応すべく、M&A直後からタイムリーな情報提供を促し、M&Aがどうなっているかについて、企業と投資家の情報の非対称性を埋め合わせようとしたものが今回の公開草案になります (IFRS第3号の改訂案)。
さらに、減損テストが複雑すぎるため、これをシンプルにしようとする提案もあわせて行われています (IAS第36号の改訂案)。
公開草案の内容
(1) IFRS第3号の改訂案
会計処理自体に変更はないのですが、新たな開示を要求する公開草案となっています。例えば企業結合を重要性に応じてレベル分けし (「戦略的な企業結合」という概念を新たに導入)、以下のような開示を提案しています。
戦略的根拠
期待されるシナジー
主要目的及び関連する目標 (*)
上記目的や目標を判定するためにレビューされている実際の業績に関する情報 (*)
上記目的や目標を満たしつつある又は満たしているかどうかの記述 (*)
(*)は戦略的な企業結合においてのみ開示を要求
なお、一部の開示は商業的機密性に触れる可能性もあるため、別途免除規定もおかれています。
指標や実績・表明の項目等の開示が進めば、財務諸表の利用者は減損の認識の有無を待たずとも、M&Aの意図と成果を連続的に追跡することが可能になるものと思われます。一方で企業側は機密性が高くなりがちな領域なので、どこまで開示するかについて悩ましい判断を迫られそうです。
(2) IAS第36号の改正案
複雑なのれんの減損テストの手続きに対し、例えば以下のようなIAS第36号の改訂提案がなされています。
将来のリストラクチャリング又は拡張に関する制限の解除
減損テストを税前ベースで計算するという要求の削除
もともとが複雑なので、改訂提案の内容も分かりにくいですが、減損テストにだけ何か数値を作るのは止め、企業が内部管理上使っている情報へと極力近づましょう、というのが趣旨になっています。たしかにこれらの内容は実務上も分かりにくく、企業と会計監査人とでよく揉める対象になるかと思います。
いつから適用か?
これらは現状公開草案 (つまりドラフト) の段階です。2024年7月まで公開草案に対するコメントを受け付けており、その後、各種の意見を取り入れながら会計ルールの議論が行われる予定となります。
結果、現状最終化のタイミングや適用タイミングは未定のままとなっています。
記事の全体像 (再掲)
おわりに
今回は未だ公開草案の段階ではあるものの、M&Aという経済事象に対して会計がどのように変わろうとしているのかを「M&Aは上手くいっているのか?」としてまとめてみました。情報を作る側である企業の負担は増す一方ですが、確かに今回要求されているような内容はM&Aを成功に導くために持っているべきものであると考えられます。
この内容の開示が明示化されることにより、会計ルールがM&Aの成功率を向上させるドライバーとなるのかもしれません。
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この記事に記載されている内容は、私の個人的な経験と見解に基づくものであり、過去に所属していた組織とは関係ございません。
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