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vol.29 東証のPBR改革アップデート

1 はじめに

東京証券取引所(「東証」)は2024年3月15日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(「資本コスト等開示」) に関する開示企業一覧表をアップデートしました(「東証のPBR改革」)。

今回の開示企業一覧表は2月29日時点で作成されており、単純に社数だけを集計したところ、前月の1,224社から93社純増し、結果1,317社 (検討中としたものを含む) となっています。

前月に引き続き今回の記事では、東証のPBR改革について成果を出している会社はどのような内容を記述しているのか具体的に整理してみました。


2 資本コスト等開示と株価増減率分析

2024年2月に資本コスト等開示を行った企業は39社 (1月は16社であり、2024年において、同開示を行なった会社は累計で55社)あります (*1)。

(*1) IR BANKの適時開示情報を用い「資本コストや株価を意識した経営」をキーワードに開示資料を検索・集計。なお、東証の開示企業一覧表はプライム及びスタンダード市場の上場会社を対象とし、直近に提出されたコーポレート・ガバナンスに関する報告書の「コードの各原則に基づく開示」欄、もしくは、「コードの各原則を実施しない理由」欄において、一定のキーワード (検討中を含む) を掲載しているものを集計しているため、両者は一致しない。

累計55社について、適時開示後の株価の動きをまとめると以下のようなグラフとなります。

出典: 筆者作成

このグラフだけを見ると平均、中央値ともに0を超えており、歪度も正の数値であることから、全体的に右方向へ歪んでいる (株価が上がるケースが多い) ことが分かります。

なお、一部の会社は資本コスト等開示と同時に他の適時開示 (i.e. 増配や自己株式取得など)も行っている点はご留意ください。

3 株価が上昇した会社リスト (2024年2月)

以下は2024年2月までにおける資本コスト等開示後の株価増減率上位10社のリストとなります。

出典: 筆者作成

一般的に増配や自己株式取得の適時開示を行うと株価が上がりやすい状況になることも勘案し、今月は「大倉工業」を取り上げてみようと思います。

次のセクションでは東証が提示した資本コスト等開示フレームワークは三つのステップ (「I.現状分析・評価」、「II. 取組みの検討・開示」及び「III. 株主・投資者との対話」) に照らし合わせ、大倉工業が具体的にどのようなことを記載しているのかを深掘りしてみます。

出典: 東証資料

4 取組み事例分析

大倉工業の事業内容

大倉工業グループは連結子会社12社を含む企業集団 (2023年12月期の連結注記表) で、合成樹脂製品 (ポリエチレン、ポリプロピレン)、光学機能性フィルム、加工合板やパーティクルボードの製造販売を主軸に事業を展開しています。

I. 現状分析・評価

2021年から3年連続の増益となり、2023年は過去最高利益を計上したにも関わらず、PBR1倍割れが継続している点について、主な要因として以下二点と会社は整理しています。

  • 自己資本の積み上がりもあり、ROE (2023年は7.4%) は株主資本コストを下回る

  • 成長性について株主・投資家の理解を十分に得られていない。

II. 取組みの検討・開示

会社は戦略を以下の三つに分け、早期にROE8%以上を達成し、PBR1倍以上を目指すこととしています。

  • 事業戦略 中期経営計画 (2024)の総仕上げと中期経営計画(2027)の策定

  • 財務戦略 資本構成バランスの最適化を図り資本効率性の向上に取り組む

  • 非財務戦略 サステナビリティの推進と株主・投資家との積極的な対話

中でも財務戦略については「有利子負債の割合を増加させつつ、事業に直接関連しない資産を縮減し、純資産を圧縮していく」という全体像が、目指すべきバランスシートの将来像と共にわかりやすく図示されています。

出典: 大倉工業の適時開示

III. 株主・投資者との対話

2023年の対話実績を示した上で、今後も以下の三つを積極的に推進していくことが示されています。

  • 機関投資家との定期的な個別ミーティングの実施

  • 証券会社への定期的な説明会の実施

  • 自社ホームページによる積極的な情報開示

まとめ

大倉工業の事例では、過去の増益 (PL思考) だけではPBRは1倍を割るままであるとする現状認識を行なった上で、三つの戦略を提示しています。特に財務戦略では将来ありたいバランスシートを示し (BS思考)、株価は上がるという事象となっています (なお、同日発表の決算短信によれば、対前年同期比で増収増益)。

損益はもちろん重要な指標ですが、日本の会社は社内資料を見てもPLにのみ視点がいきがちです。PLに加えてBSにも注意を払い、BSをしっかりコントロールしていくことを説明する (将来ありたいバランスシートを示す) ことがポイントになるものと考えます。

4 おわりに

この記事を通じて、2024年2月の資本コスト等開示の事例を用い、東証のPBR改革を整理してみましたが、いかがでしたでしょうか?

物価高と賃金の上昇の好循環が生まれつつある中、今週日銀はマイナス金利を解除するものと見られています。

金利が復活すると住宅ローンや企業の借入れの支払利息負担といったネガティブな報道も出てきそうですが、そもそも金利がない世界が異常だったものと考えます。

東証や各企業をはじめとする関係者のみなさまの長い努力によりPBR改革が進み、これに2024年の賃上げ率は33年ぶりの高水準 (5%超) となったことを受け、いよいよ日本経済も変わるという点が評価され、金利も正常に戻るというポジティブな側面にもっと注目していきたいと考えます。

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