見出し画像

僕はこうしてカメラマンになった。


出張で関西に帰って来ています。
@yansukim です。

過ごしているのは奈良にある実家。の、和室。
角部屋なので大きな窓が2つある。
庭の大きくなり過ぎた金木犀の真上には
台風が過ぎて真っ青になった空が、うんと広がっている。

高いビルなんてものはないから、
空が広い。めっちゃひろい。

寝転がりながら、それを見てる。


実家に帰ると「 最近はどんな仕事したん? 」と母から聞かれるのが恒例になった。( といっても、僕のSNSを見ているらしく大体は知ってる )

最近撮影したRe:Sの&bottleも台所で見かけた。
ありがとうですね本当に...。


撮影がリスケになって時間ができてしまって。
久しぶりのnoteを書いています。

今日は僕がいまの職業、
カメラマンになった経緯をお話しようと思います。


----------------------------------------------


僕がこの家を出たのは2012年の4月。

大阪にある大学に通うため、
一人暮らしを始めたのがきっかけ。


その頃は

「 ああ、大学生って楽しいんだろうな。めっちゃ楽しいんだろうな。 」

ぐらいしか考えてなかった。

あと「 学費稼がなきゃな。」ってのも考えてた気がする。

家はお世辞にも裕福なんてものではないから奨学金をもらいつつも学費を自分で稼ぐしかなかった。

入ったのは私学の法学部。父親の影響というか法学にしか興味が湧かなかったから。そこに入った。文系とはいえ私学だから学費はまぁまぁする。

当時、僕はアルバイトを10個掛け持ちしていて四六時中バイトに勤しんでいた。料理と接客が好きだったので10個のうちほとんどが自営業の飲食店。ホールもキッチンもやってた。( その他アパレル、家電量販店のスタッフ、大学スタッフ etc... )

だから嫌嫌やってたわけでもなく、
すごく楽しんで働いてたんだと思う。

4年間でマスターしたのはキャベツの千切りと
だし巻き卵の巻き方。どっちもふわふわ。
自信あり。

あと、味の想像の仕方。これのおかげで他所で食べた料理を家で再現できるようになった。
店長ありがとう。元気?


サークルは軽音に所属していて、たま〜〜〜〜〜にライブに出て歌ったりしてました。この大学を選んだ大きな理由のひとつに高校時代のバンドの先輩が「 お前がうちの大学のサークル入ったら、俺がドラム叩いたるわ。 」と宣言したからというのがあって。その先輩とは一回しかバンド組みませんでしたが...。

そんな感じでアルバイトして、軽音をやって、アルバイトして、趣味で引き語りなんかもやってたり、授業にも出たり出なかったりして、試験でひーひー言って、そんなこんなで大学4年間のうち2年間のキャンパスライフを謳歌しておりました。



そんなわけでここまでの間、

カメラマンのカの字もなければ、
写真映像なんてものはぜんっぜん興味がなかった。

写真部とかも入ってなかったし、カメラも大学入りたての頃「 一眼持ってる男子、素敵やん? 」的なノリでCanon eoskiss x5を買ったはいいものの、ホコリを被ってたんですよね。

この頃、なりたかった職業は銀行員 or 商社の営業。社会科の先生もなりたかったなー。単位が無理でした。

写真映像なんて眼中にすらなかったし( そもそも撮れるとも思ってない )関西から離れることなんて考えられませんでした。


じゃあなんで今こうなったのか。

キッカケが、大学3年生になる年の春のこと。


歌うのをやめた。

と言ってもプロでもなんでもないので大それたものじゃなく、自分にできる表現のひとつをやめただけだけど途端に手持ち無沙汰になって、なにか、他に、なにか....。と探していた。

そこにあったのが、埃をかぶった x5だったんです。

あー、これ、楽しいかも。
一人で出来るし、何よりどこでも自由に出来る。

そこから風景を撮ったりするようになった。

こういう場所に出すのは初めてですが
ほんっっっっっっっとにカメラを始めたばかりのころの写真を公開します。

基本的になんか暗くて、人も背中しか写ってないものばっかり。正面から撮るのがこわかった記憶があります。


そんなこんなで、写真を始めた。どこ行くにもカメラを持っていったし、まぁアホみたいに撮ってた。周りは喜んでくれるし、楽しんでくれるし、僕も楽しかった。

この頃から「 なんかやんすは写真撮ってる 」という印象が少なからず周りにいた人たちには持たれていたのかなって。


一杯のラーメンのメニュー写真


ある日、バイト先だったラーメン屋の店長から

「 やんす、写真撮れるんやんな?撮って。 」

とお願いされた。とうか業務命令だった。

でもお店のメニューを撮るという経験は、初めてだったしなにより「 出来そう 」という謎の自信があった。でも、結果は散々で。なんかよくわかんないし、美味しそうじゃない。というかボケ過ぎててなにが何なのかわからない。

店長からも「 んー、次はもっとよろしく! 」

の一言だったと思う。


でもその時僕の頭の中は

なんで美味しそうじゃないんや?!

でもこれは、面白い!!!!


と失敗したにもかかわらずワクワクしていたし
一番なんで?となったのは

これはなれるかもしれへん!!


なにに?

プロに!!!!!!!!


ここから「 写真でプロを目指す 」という目標に向かって動き出したわけです。( 自分で言うのもなんやけど、ホンマ急やね。 )


どうやってプロになるの?

だがしかしbut 、大きな問題がひとつあった。
通っていた大学には美術系の学部はなかったし
なにより相談できるひとがいなかった。

アルバイトで大学の入試広報スタッフをしていたときは高校生に「 どうしたらこの職業につけますか? 」と聞かれれば「 あー、じゃあこの人に話を聞いてみるといいよ。」と、適任者をアサインしていたけれど、「 写真のプロになるにはどうしたらいいですか?」という自分の中の純粋無垢な質問に答えられる人が思い浮かばなかった。

けどけれどyet 、世はネット時代、グー○グル先生に尋ねてみたりFBで専門に通っている友人に聞いていたり、天満にあるカメラマンの事務所にいきなり質問しに行ったりしているうちにどうやら大きく4つの方法があるんだとわかった。

1、そのままプロと名乗る。
2、弟子入り。
3、専門学校に通って勉強しつつ、就職。
4、スタジオに入って修行。

( あくまでざっくりした分け方です。もっと色んな方法がありました。 )

なるほど、この4つがあるんだな。

ここでざっくりだけど僕がプロとしてやっていくには条件があるんじゃないかと仮説を立てた。

一、コミュニケーション能力はある方なので、
  大勢の人がいる場所を選んでみた方が面白いんじゃないのか?
一、技術はない、センスもない。のにそこに行くということは
  ある程度の知識、技術を持っておいた方がいいのでは?
  センスは後からでいいと思っている。
一、いづれ自分だけで働くことを考えると、撮影だけじゃなく
  それに携わる色んな人の動きを見ておいた方がいいのでは?
  ということは色んな部署やらなんやらがある場所...?
一、奨学金があるので初っ端からある程度の安定した収入源は必要。


この仮説のもと4つの方法を考えてみると

技術もセンスもないので1は無し。奨学金返さないとだからある程度の収入がいるし、ましてや専門に入るお金も無いので2・3も無し。となると残りは4か。4だとしても大きなところにいってみると良さそう。

そうして調べた結果、当時の自分におそらく合っているであろう環境として出てきたのが前職の会社だった。

就職活動はせず、この会社のアシスタントに募集して合格。就職までの間は相変わらず友だち撮ったり飲食店のメニュー撮ったり。

その後、丸2年そこで働いて独立。映像は前職にいた2年で叩き込まれた感じになりました。色んな写真家や世の中のクリエイターについて学び始めたのもこの時期です。

( 前職についてはここをどうぞ。)


そして今、フリーランス1年目が終わって2年目の半分に差し掛かった。


そんな感じです。
そんな感じでいまがあるわけです。


保育所時代からの夢を思い出してみると

:夢:
パトカー→消防車→神座の店員→警察官→宮大工→保育士→弁護士→銀行員or商社 

:現実:
カメラマン

最初の2つなんて人でもなかったなー。

きっと、今の生活は高校生だった僕はもちろん、
大学生だった僕も想像できてなかった。
地元の友だちも飲み会で「 え...?南都銀行いくって言うてたやん...。」と心配されたのも懐かしい。

あと、両親が一番驚いたと思う。
銀行員や商社だぁなんて言うてた息子がある日突然

「 僕はプロカメラマンになる! 」

なんて言い出したのだから。

最初は戸惑っていたけれど、こうなります!とプランを説明したら「 じゃあやってみなはれ 」と何処ぞの社長みたいに送り出してくれたことには感謝している。

親が反対するのは、自分たちが想像できない "助けられない場所"に子どもがいこうとするからなんじゃないかなぁと思ってて、その心配がなくなるように僕は両親に将来のプランを説明した。

まぁそんな感じです。


長くなったけど、今の職業になった経緯をお話しました。

今はカメラマンじゃなく、フォトグラファーと名乗っています。ここではわかりやすくカメラマンと表記させていただきました。これについては、また別の機会に。



何が言いたかったかっていうと

特別な才能がなくても
専門的な学校にいかなくても

強く動いた気持ちを持って、
自分はどうなりたいのか、
自分に足りているものは何か、
自分に足りないものは何か、
どうしたらそこに行けるのか、

考えて、それに向かって動いてみる。

それで何とかなることもあるんだよって。

言いたいです。

この職業以外でも言えることかもね。


ちょくちょく質問を受けます。

どうしたらいいのか?
これでいいのか?

答えは「 知らん 」です。

僕はあなたでもないし、あなたは僕でもない。
だからわかんない。知らん。無責任でごめん。

でもやってみればいいと思います。
わー!やりたい!って、突き動かされちゃったなら、どうなるかはわからないけど、やってみればいいよ。


「 考えている 」というのは側から見るとただ立っているだけなので、その考えを試してください。体現してみてください。

やってみてダメだったらそのとき考えたらいいよ。



ちなみに、僕のゴールは今の仕事ではないです。

このお話もまたいつか、できればいいなぁって思います。そのとき、この金木犀はどれだけ大きくなっていることやら...。



そう。

今だったらあのラーメン、美味しそうに撮れるのにな。今回ばっかりは、しゃんとした自信があるもんだから。


Instagram
web

2018.10.01 yansuKIM



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

333

yansuKIM ( 写真・映像作家 )

名前は「やんす」と読みます。 写真と映像を撮っています。92年生まれ。日本と韓国のダブル。 作品はこちらhttps://www.instagram.com/yansukim/ ご連絡は yansukim.info@gmail.com まで

#写真 記事まとめ

写真や撮影テクニック、写真についてのに考察記事などをまとめていきます。
6つ のマガジンに含まれています

コメント2件

素晴らしいエピソードありがとうございます!なんか勇気出ました!
げんさん> なにかのキッカケになったのであれば幸いです〜!
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。