老人たちの社交場はストリップ小屋

*このテキストは横浜の黄金町を舞台にしたノンフィクション連作短編集「黄金町クロニクル」の中の一作です。

電書としてリリースしましたが「電書は専用端末がないと読めない」「タブレットがないと読めない」という誤解や風評被害がひどいため、ネット上に晒すことにしました。
 ……皆様、電書はパソコンでも読めます
 メーカーの陰謀に乗らなくても、お手持ちのパソコンで読書できますのでご安心ください。

 さて、繰り返しになりますが、この作品は「連作の一部」です。
 本作を読んで「もっと読んでもいいかな」と思ったら、「黄金町クロニクル」をどうぞ。
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 2012年の2月と6月に経営者が逮捕されたストリップ小屋「黄金劇場」。黄金町界隈(正確には若葉町)の、ある意味ランドマーク的な場所だった。テレビドラマ「時効警察」など、数々のドラマのロケ地としても有名だが、国内最高年齢ストリッパー、若尾太夫のホームグランドとしても知られていた。
 この劇場の照明家が大岡川の川沿いのバーに飲みに来ていたという関係もあり、自分の周囲ではこの劇場は人気があった。
 通常関東ではストリップというのは「オペラと同じ」だという。どういうことかというと、ショーの間は私語も飲食も控えて行儀良くステージに集中しなければならない、それがオペラと一緒だ、というのである。踊り子さんは遠い存在で、交流を持つ機会はポラロイド撮影の時くらいしかない(「生板ショー」などという違法なショーをやっているところは別だが)。
 一方、関西では踊り子さんと観客が話をしながらショーが進行するという。思わぬ所で東西文化の差異が現れていて興味深い。
 ところで黄金町だが、関西流に近い。踊り子さんの年齢層のこともあり、常連客の年代も高め。主な客筋は定年退職者だという。そんな初老の男たちが、ビール片手に踊り子さんと冗談を飛ばし合いながら楽しいひとときを過ごすのが、黄金町流なのだとか。現役を退いた客同士、かなり仲がよいのも特徴だという。あっけらかんとして楽しそうだ。
 しかし私は「自分のお母さんくらいの年齢の方の裸をお金を払ってまで見るのはちょっと……」という気持ちがあり、足を運んだことがなかった。
 そうこうしているうちに二度の逮捕を受けて小屋が休業状態に入ってしまった。「こんなことだったら、一度くらい行っておくんだったな」と軽い後悔を覚えていたところ、「9月1日から営業再開しました」というではないか。しかも「9月1日より10日は暫定営業として終日二千円! 」とのことだったので、9日に現地へ足を運んだ。
 館主は休業前と同じ方。この方は踊り子上がりで、いかにも下町の肝っ玉母さんという感じの人だ。以前『美術手帖別冊』の横浜トリエンナーレの関連本に関わったとき、この劇場も取材したことがある。主に外観の撮影とインタビューをこなしたのだが、ストリップ小屋特有の暗さや隠微さがないのだ。たぶん裸商売の楽屋特有の、あけすけな雰囲気そのままなのだろう。一通り話を聞いたところ「食べて行きな」と館主に蒸したトウモロコシを渡されて、親戚の家に遊びに来たみたいだ、と思った。
 今回は客として入ったわけだが、さすが下町の名物劇場である。裸のお姐さんの熱演ではなく、常連客によるカラオケの熱唱が出迎えてくれた。日本広しといえども、ステージ上にカラオケセットを載せているストリップ小屋はここだけだろう。踊り子さんは二名のみ。客は六人。逮捕直後の試運転ということもあって、踊り子が揃わず、空いた時間をカラオケで埋めたものと思われた。
 踊り子さんはホステス役。風営法の関係があるので客の横に座ることは出来ないが、ステージ上からなじみ客と会話に花を咲かせていた。いじられ役の常連さんがいて、踊り子さんや客たちがおもしろがってからかっている。いじられる方もそれが嫌ではないらしく、アルコールでほんのり顔を赤くしながら冗談で返している。……ほとんどスナックだ。一応、カラオケはショーとショーの幕間の余興という位置づけなのだが、二人しかいない踊り子さんはずっと出ずっぱりだった。
 だらだらとしまりのない時間がひとしきり過ぎたところで、歌い手がいなくなった。「みんなオマンコが見たいのかい? じゃあ始めるよ」
 身も蓋もない言い方で、ストリップショーが始まった。客がかぶりつきで女体のなまめかしさに見入っている。すると館長がやって来た。なにをしに来たんだろう? と思っていたら、女の子が股を拡げて熱演しているそのときに、名古屋名物「天むすせんべい」を配り始めたのだ。う〜ん、変わっている。
 黄金町というと「チョンの間」とか「麻薬」とか「アート」ばかり語られるが、黄金町の地金、というか町の気風は、こういう部分に現れていると思うのだ。

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