見出し画像

「君たちはどう生きるか」と「福山雅治」と「やぱ好き」と「宮沢賢治」と。

宮崎駿監督のスタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』(The Boy and the Heron)が、昨年7月に公開されました。本作は引退を宣言した前作から10年ぶり、長編映画としては12作目の作品。あらすじやキャストなどをいっさい明かさないまま公開したプロモーション戦略はむしろ話題を呼びました。
 12月には北米でも公開され、同地域での興行収入は過去最高を記録、年明けにはゴールデングローブ賞でアニメ映画賞の受賞が決まりました(日本の作品によるアニメ映画賞獲得は初めて)。ちなみに英語タイトルのHeronはアオサギのことです。

公開当初、話題になったのは、難解なストーリーでしょう。感想や評価、考察が見事に分かれました。本来ではればここで取り上げることではないとは思いながらも、その全体構造が、意外なことに福山雅治(!?)、そして「やぱ好き」につながっていくので、年初の記事としてお伝えしたいと思いました。少しだけ補助線を引きながら、端的にこの映画を総覧してみます。

映画をご視聴された後に読んでいただけたら幸いです。


doing nothingという戦略がむしろ広告となった

(あらすじ1)舞台は先の大戦末期

サイレンが鳴り響き、業火に東京が焼き尽くされるところから物語は始まります。主人公の眞人(マヒト)は、この火災で最愛の母ヒサコを火災で亡くしてしまいます。
 眞人の新しい母となったのはヒサコの妹(夏子)でした。眞人は、東京を離れて馴染みのない夏子の実家で暮らすこととなりました。夏子は、すでに眞人の父である勝一(ショウイチ)との子を身ごもっていました。眞人は、そうした現実を受け入れることができないのです。
 そこに現れるのは謎の青鷺(アオサギ)。ある日、眞人は大叔父が建てたという洋館を発見し、そのアオサギによれば「ヒサコは死んでおらず待っている」というのです。身重の夏子もなぜかその洋館に吸い込まれていきます。アオサギに導かれながら、眞人は洋館を入口とする異世界に堕ちていきます。母に会うために、そして義理の母を助けるために。

主人公・眞人(英語版の声優は「バットマン」のクリスチャン・ベール)
眞人の新しい母となった夏子
異世界に眞人を誘い込むアオサギ(声優は菅田将暉)

(あらすじ2)時空を超えた世界に堕ちる

異世界は、生と死がまじりあう場所でした。殺生のできない亡者、殺生を許されたキリコ、キリコが捕った獲物を栄養として人間界に昇華していく命の源・ワラワラ、ワラワラを食わざるを得ないペリカン。その世界の均衡をつかさどっているのが大叔父ですが、機をうかがって世界をわがものにしようとするインコたち。眞人は、その世界で、母であるヒミ(現実世界のヒサコ)に出会います。ヒミは火を操る能力者でした。ヒミは眞人を助け、ジャムたっぷりのパンをごちそうし、時間軸を旅する「時の回廊」へ連れていきます。そこはドアがいくつもある人智を超えた場所。ヒミは「ここから出れば元の世界に帰れる」と言います。しかし眞人はそれを断り、「夏子を連れて帰りたい」と伝えます。

命の源・ワラワラ(声優は滝沢カレン)
ワラワラを食わざるを得ないペリカン

(あらすじ3)アオサギの力を借りて二人の母のもとへ

その世界は「石」によってコントロールされていました。眞人は、キリコやアオサギ、そして母のヒミの助けを得て、なんとか夏子のいる産屋にたどり着きます。産屋は紙垂で仕切られた禁忌の場所でした。眞人は禁忌を犯しながら産屋に入ると、夏子と石から拒絶にあうのです。ヒミは、妹と、自身の息子である眞人を守ろうとしますが、力およばず。ヒミと眞人は倒れ、禁忌を犯した罪でインコたちにとらえられます。

眞人の実の母であるヒミ(声優はあいみょん)

(あらすじ4)大叔父との邂逅

アオサギは捕らえられた眞人を救け出し、一緒にヒミのもとに向かいます。その過程で、その世界をつかさどる大叔父から、世界を引き継ぐこと(力の源である石を引き継ぐこと)を頼まれますが、真人はそれを拒否。怒り狂ったインコの大王は石を破壊する。それは世界の崩壊と大叔父との別れを意味しました。

世界をつかさどる大叔父

(あらすじ5)それぞれが運命の選択へ

眞人は、アオサギ、ヒミ、夏子、キリコとともに元の世界に戻るため「時の回廊」へと逃げます。しかしヒミは、眞人と同じドアではなく、「眞人を産み、火事の中で命を落とす」という過去線に戻ることを選ぶのです。

以上が、この壮大な物語の流れです。



補助線1 戦争とお腹の子

物語序盤の疎開が始まるシーン。夏子は、眞人と車に乗ります。車の上で彼の手を取り、自らの腹を触らせ、胎児の鼓動を感じさせます。次の瞬間、画面は、出征する若い青年と送り出す人々に切り替わります。究極の「生と死」の対比が描写されていますが、根元にあるのは宮﨑駿の戦争への憎しみでしょう。
 ちなみに夏子は冒頭で夫である勝一のことを「あなた」と呼んでいますが、それ以外のシーンでは「しょういちさん」です。

補助線2 自傷する眞人

転校したばかりの眞人は同級生に殴られます。面倒ごとを隠すために、帰り道で、眞人は自ら石で頭を殴り重傷を負う。これが夏子の心を傷つける(のちの夏子の怒りにつながる)のですが、異世界でキリコとの縁を結ぶ聖痕となるのです(キリコも同じ傷を負っている)。

眞人の頭には聖痕
聖痕がキリコとの縁となる

補助線3 実はアオサギと対決してからはすでに異空間

自傷行為をした翌朝、眞人はアオサギに棒1本で立ち向かいます。アオサギは眞人に異世界に来るように誘い、大量の鯉と蛙が眞人を取り囲むけれど、夏子が助けに入り、追い払ってしまう。眞人は気を失う。目が覚めた眞人は、同じように見えるけれど全く別の夢の世界にいて、家に使える老婆はアオサギの存在を忘れてしまっていました。また夏子は吸い込まれるように洋館に向かい、行方不明になってしまいます。

補助線4 異世界の入り口『神曲』、墓の入り口には「我を学ぶものは死す」

多くの視聴者がすでに指摘している通り、異世界の入り口である洋館にはダンテ『神曲』の一節が記され、実際に物語構造の全体像はそれをなぞっているようです。ただし補助線5に記したように外殻を仏教上の「六界」で仕上げていて、いわば『神曲』東洋版だと感じさせました。
 また、異世界に転送された際、眞人は巨大な墓の前に堕ちましたが、この入り口に刻まれていた言葉「ワレヲ学ブ者ハ死ス」については、丁寧に眞人自身に読ませているので、「まさか宮﨑監督が息子・吾朗に向けての遺言か!?」とも考察しましたが、結局この作品のテーマはひとえにNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(23年12月16日放送)の通りだったのです。

補助線5 仏世界の六界

眞人たちが堕ちていった異世界には、亡者、人間界に転生するワラワラ、ワラワラを食っても救われないペリカンが存在しますが、これは仏教上の六界(六道)を建て付けにしていました(天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)。人間が生きる世界以外に、私たちは他の世界に同時に存在していて、しかしながら姿や形は人間道のそれとは異なったものとなってしまう(だから老婆たちは人形の形をしている)。丁寧に、老いたペリカンが亡くなったとき、アオサギは「南無阿弥陀仏」と唱えているうえ、インコたちが創造主・大叔父のもとへ向かうときには「ここは極楽浄土か」と感動しています。

補助線6 産屋での夏子の拒絶

夏子は、眞人にどこまで尽くしても分かち合うことができない悲しみを抱えていました。また眞人が頭に傷をつけてしまったことも、姉のヒサコ(ヒミ)に申し訳なく思っていました。産屋まで助けに来た眞人に対して、夏子が「あなたなんて大嫌い」と叫んだのは、人間が肉体をまとっている限り、そうした感情や憎しみ、弱みから逃れられないことを映していると考察します。
 また、夏子の心(あるいは肉体)を開放したのは、眞人が夏子のことを「お母さん、夏子お母さん!」と呼ぶにいたったこと、眞人が現実を受け入れたことがきっかけでしょう。縁がしっかりと結びついた瞬間を、石は許しませんでした。ヒミは、夏子と眞人を石から救おうとしますが、このとき、ヒミは眞人を自分の子どもだとわかったうえで、あくまで、「わが妹」と、その妹の大切な「子となる者」という言葉を使っています。

補助線7 大叔父は結局、彼だった

『君たちはどう生きるか』の制作秘話を含むSWITCH Vol.41では、鈴木氏がロングインタビューで各キャラクターの設定についても語っていてとても刺激的でした。具体的なエピソードが入っていて説得力のあるものでしたが、結局、大叔父については「プロフェッショナル」の通り、高畑勲その人だったのです。(まさにアオサギの詐欺話に乗せられてしまったかたち)。

補助線8 過去、現在、未来はつながっている

私たちは過去は変えることはできないいっぽうで、現在の行いで未来は変えることができると思っています。
 仏世界のある考え(三世実有説)では、この過去、現在、未来(この3つをまとめて三世という)は同時につながっていて、現在の行いが過去に影響を与え、未来の行いが現在、過去にも影響を与えてしまう、つまり縁起を発生させてしまいます。あるいは、未来では "いま" 自分は死んでいて、さかのぼって現在を生きていると考えることもできるでしょう(時間を行き来した際には記憶をなくしている)。
 別の言い方をしてみると、一般には「原因があって結果がある」と考えますが、「結果がむしろ原因で、原因がむしろ結果」という、未来と過去が逆転する考え、あるいは、それは同時であるという発想もできます。この映画の「時の回廊」によって、仏世界の「六界」と「三世」が直感的にとてもわかりやすく描かれていました(展開は『神曲』そのものでした)。

ここで『君たちはどう生きるか』の考察をいったん終えたいと思います。



『マチネの終わりに』

こうした考察に至った背景には、個人的な体験として、現在の行為が過去をも変えてくれるという出来事がありました。好きだった楽器も語学も途中で投げ出して、幾度となく再開しては諦める。こんなにまで続かないのであれば自分にはやっぱり向いていない、そういう人生だったと思いました。それでもその後、きっかけをいただくことで再開し、自分の納得する無理のないスタイルで続けることができたときに、それまでの過去がオセロのようにひっくり返って、過去が彩っていく。
 ちなみに「やっぱり英語が好き!」の「やっぱり」には、過去がどうあっても英語が最終的に好きになれたよ!、あるいは、そうなれる未来線があるかもしれないという意味を含んでいます。
 話を戻すと、2019年ころ、「ああ、過去は変わるんだ」と、そんな認識を持ったまさにそのときに鑑賞したのが、福山雅治主演の映画『マチネの終わりに』(平野啓一郎)でした。

ご存知かもしれませんが、『マチネの終わりに』では、冒頭から最後まで「未来が過去を変える」という言葉がキーワードとして登場します。天才ギタリスト(福山雅治)とジャーナリスト(石田ゆり子)の運命のすれ違いが描かれているのですが、作中に起こるテロや事件の中で、その言葉が重要な救いとなっていきます。
 福山雅治さんに対する敬愛は今に始まったことではありませんが、まさに自分がなんとなく至った感覚をそのまま彼が映画で述べるのを観て、一気にそれが輪郭を得て確信となるのです(この後、本業で福山さんに多大なるお世話になるのですが、ここには関係ないので割愛します)。
 縁はさらに続きました。そんなことがありつつ、この「やっぱり英語が好き!」という目の不自由な方含めて学べる学習素材を作りたい思った2023年の1月に、多くの方からアドバイスされたのが「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」という施設だったのです。

ダイアログ・イン・ザ・ダークからの「ラストマン」

ここは、日常では体験できない純度100%の暗闇の中で、自分の身体感覚をあらためて認識するソーシャルエンターテインメント。欧州では80年代にすでに展開されていましたが、日本では消防法のハードルのため暗闇を実現できなかったそうです。志村真介さんという方が尽力され、2020年にようやく「ダイアログミュージアム」(竹芝)として常設に至りました。
 何人もの方から「まずは行くべき」と背中を押されて、23年2月に伺うことができたのです。

 そして、福山雅治がドラマ「ラストマン」で主演を演じたのはそこからまもない4月のこと。全盲のFBI捜査官を演じるにあたって、彼は「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の施設で役作りをされたそうなのです(すれ違い!)。「ラストマン」放送に合わせて、「ラストマン・イン・ザ・ダーク」というコラボイベントも開催され、その際の感想は「『やぱ好き』創刊までの母子手帳9ーーダイアログ・イン・ザ・ダーク」に書かせていただきました。以前、チームラボ・猪子寿之さんの取材時にいただいた、「体験のみが価値観を変えられる」という言葉の意味がようやくわかった気がしました(なお、こうした新しい気づきを、語学教育に関わる方々と一緒に得たいと思っており、定期的にダイアログミュージアムに体験しに行くという研修を行っております)。

終わりに

さて。『君たちはどう生きるか』の考察を、過去と現在、そして未来が同時に存在しているという壮大な話にまで引水してしまいました。
 この理由をもう一つ加えるとすれば、間違いなく宮沢賢治(1896〜1933)への尊敬でしょう。宮沢に肉薄しようとするなら、彼の仏教に対する向き合い方(特に法華経への傾倒)を避けることはできません。
 岩手県花巻に生まれ育ち、農民としての37年間の人生で、「全体幸福なくして個人の幸福なし」(置いて行かれている人間がいるのに、そもそも自分の幸福なんてあり得るのか)という真理にいかにしてたどり着いたのか。「もっと人の役に立ちたかった」と言って若くして亡くなった妹トシの存在、それが宮沢の作品に与えた影響はなんだったのか。没後90年を迎えた昨年に上映された『銀河鉄道の父』で映されたトシ(駒井蓮)、父政次郎(役所広司)、賢治(菅田将暉)の怪演は涙なしには観られないものです。菅田将暉さんは『君たちはどう生きるか』でアオサギの声を担当されました。

 『君たちはどう生きるか』を観て、散らばっていた時間、記憶、認識が凝縮されるような感覚を得て、そうした莫大な何かを、1つの個体にするためにこれだけの文字数を消費してしまい、いまさらながら素直に驚いております。(実を言うとこれはまだ書きかけですが)いまふたたび振り返ることで、これまで起こった過去とこれから起こる未来の全てに感謝するとともに、ここまで読んでいただいた方がいるなら、それと同じくらいの感謝をお伝えしたいと思います。



MASANO-RINGO
「やぱ好き!」創設←英語雑誌編集長←新聞記者←『日本の論点』編集/SILS(2期生)/新宿高校/Getty Images contributor
Podcast: https://podcasters.spotify.com/pod/show/yapasuki
note: https://note.com/yapasuki
YouTube: https://www.youtube.com/@yapasuki


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?