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九条山

会いたいけれど、連絡先が分からない女性がいる。

20代前半に友禅染めの工場でわたしより後に入ってきた、何個か歳上の女性。なまえはちひろさん。
1年ほど一緒に働いた。

色白で前髪が短い黒いショートボブヘアにメガネがチャーミングで、
ひょろっとしていて
目が合うと何を言うでもなく、こくりと頷くちひろさん。

着眼点がユニークで話し方もとってもやさしくて大好きだった。


はじめての一人暮らしの最初の訪問者になってくれて
狭いキッチンなのに、慣れた手つきでささっと鯖の煮付けを作ってもらった。
「生姜は皮ごと入れてだいじょうぶ」

「素材は安くても、調味料は少し良いもの使うと全然ちがうよ」

それまで食べ物よりファッションの方が興味があったけれど、お料理のたのしみかたを少し知れた気がした。

当時、わたしは東福寺に一人暮らしをしていて、ちひろさんは九条山の古民家で恋人と二人暮らししていた。

何度かお家にお邪魔したのだが、
土間に縁側、お手洗いは離れにあって
とにかく心地よさ満点のお家だった。

ちひろさんも創作活動をする人で、
家につくりかけの大きな立体物があった。

夜は九条山から京都市を見下ろせる場所で夜景を見ながらビールを飲んだり、
石油ストーブにあたりながら
音楽を聴いたり、
ビートルズの「ブラックバード」をウクレレで弾いてもらった記憶がある。

いつのまにか寝落ちして朝になってた。

そしてカーテンを開くと一晩にして
雪の世界に様変わり!

この日ちひろさんは、
朝ごはんにめちゃくちゃ美味しい
フレンチトーストを作ってくれた。
コーヒーの淹れ方もこの時初めて知った。
プクプクの泡、ハンドドリップ。

帰りはバイクで雪の坂道を下るのは
命がけだった。

ある日ひどく落ち込んでいたわたし。
職場の駐車場に置いていたバイクに白いポリ袋がぶら下がっていた。
中身はちひろさんの故郷、山形のさくらんぼだった。
気遣いだとかそんな枠を飛び越えて
自然な人だった。
さくらんぼの甘みと酸味
食べ応えのある果肉は今も記憶に残っている。

京都の町中華「龍門」を教えてくれたのも、ちひろさんだった。

最後に会ったのが2007年?
九条山のお家を出て旅館の短期バイトをしているというのが最後の近況。

今はどこで何をされているのか、
まったくわからない。
元気でいてほしいな。

そしてまたふさわしいタイミングで
再会したい。

野生の女

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