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「悟り」についての考察(割と確信)

あなたはASMR(自律感覚絶頂反応)をご存知でしょうか?

ASMR(エー・エス・エム・アール)とは、聴覚や視覚への刺激によって感じる心地よい感覚や脳がゾワゾワする反応のことです。正式な日本語訳は存在しませんが、「自律感覚絶頂反応」という意味になります。

ASMRにはリラックスや安眠を促す効果が認められており、ASMR動画を視聴してリラックス効果やストレス解消効果などを得ようとする方は多いです。

何が原因か分からないのですが、3日前からこのASMR状態が続いており、気分的にはとてもリラックスしているのですが、この感覚はこれと言って何かの刺激を受けたわけでもなく、ある日突然始まりました。いつ終わるかも分からないですが、終わりそうな気配もありません。

思い当たる原因

僕は「SRSBTメソッド」という、「メタ認知習慣」ベースに、自分のまたは人生のあらゆる問題の原因に迫り、その原因を解きほぐすというスキルと言うか習慣化の方法を提案しています。

当然ながら、僕は開発者として、このメソッドを継続しています。

これは僕が元々持っていた、ある願望をかなえるというか、その境地に達するためのメソッドなのですが、もしかしたらASMR状態になったのはこのメソッドが原因かもしれません。

「メタ認知」の先に「悟り」があるのではないか?

このメソッドの中で、僕は、恐らくですが「メタ認知能力」を獲得したと思います。

何故確信がないかと言えば、このメソッドについては誰も意見をしてくれませんし、何よりこのメソッドを実践しているのは僕だけの可能性も高いです。また、理解するというのが多くの方にとっては難しいような気はしていましたので、記事を読んでもらうだけでなく、直接指導も必要な気はしていました。

ただ、僕自身は大きな達成感を感じており、幼少の頃から(漠然とではあるけれども)求めていた「悟り」や「達観」という境地に近づいているような気もしていましたので、まあ極端な話ですが

「明日死んでも悔いはない」

という位の、充実感を感じていました。

60億人との戦いの末に

ただ、その充実感にありながらも、

一つだけずっと心の中に引っかかっている事

がありました。それは、このメソッドを紹介していく中で、誰も最後まで読んだ形跡がなく、また、SNSでの発信からもこのメソッドの閲覧をする方が非常に少なかったんです。

僕は思いました。

世の中、そんなに深刻に何かを求める人と言うのは非常に少なく、問題があったとしても一時的な解決を良しとして、平々凡々と生きられる、ある意味で良い世の中なんだという事。

世の中は人生の根本的な向上や、根本的な問題の原因を解決する事を必要としていない。

そんなものなのだなあと。僕はその事について、

正直に話しますが、「憤り」と「あきらめ」を感じていました。

その負の感情と向き合う間は、体調のアップダウンが激しく、苦しい日々を1カ月ほどでしょうか、

充実と葛藤・憤り

その相反する感情を同時に持ちながら、それでも一つ一つ、「自動思考」から送られるメッセージを受け取り、解釈を変更し、メソッドを継続していました。

それは、

世界の全人類60億人との戦い

そう思っていました。今思い返しても「確かにそうだった」と実感しています。

ある日その瞬間はやって来ました。それが原因かどうか定かではないのですが、その日周辺の出来事を記録しています。

ASMR的幸福感覚について

長らく気になっていた、散髪やお経を聞いたときに感じる高揚感がASMRである事が分かった。これが何か意味があるのか、単なる偶然なのかは分からないが、その感覚を一日中感じるようになった気がする。この高揚感の後に反動が来るのか、それとも、この感覚に気付き始めたのか、もしや、悟り、釈迦の境地とはこういうものなのか。メソッドが深まりこういう良い状態になったのか。探求のために記録を残す。

2024/01/07
占い師のOさんの相談を受ける。ネット集客について。ポジティブなとても良い占い師さん。レイキヒーリングもできるすごい人。

2024/01/08
「ワーニング 地球最期の日 (吹替版)」という映画を見始めたと同時にそれは始まった。寝るまで続いていた。占いについて調べていたところ、「スターシード」というワードに行き当たり、その特徴を読むと、ほぼすべてが自分に当てはまる事に気付いた。これって誰でも当てはまるんじゃ?と感じたのを覚えている。

2024/01/09
仕事中にふと気づくと、あの感覚が続いている。夜になっても継続している。これは体内で何かを消費しているのか?、それとも神の祝福か?スターシードは地からのエネルギーが感じられず、天からのエネルギーは受け取りやすいらしいが、その両方を感じるような気がする。その両方が、体内で交わる?ぶつかる?のか?その感覚はチャクラを移動している気もする。腰のあたりから首・頭にかけて。これを悟った人が感じる「無条件の幸福感」と言うのだろうか。

戦いの終わり

ふと気が付くと、

僕は世界の全人類60億人を許していました(受け入れていました)

それまでの葛藤は、僕が提唱する愛とは反する行為で、「メタ認知」や「自動思考」「二元性」に気付かない、全人類への否定でした。

こういった経緯を経て、現在のASMR状態に至っています。

釈迦の気持ち

この「メタ認知」や「悟り」というのは、2500年前に偉大な哲学者である「釈迦」が提唱した事であると思います。

少なくとも僕は、そういう立場を選んでいる人間です。

釈迦の境地はすべてに対する許しであり、「涅槃図」によると釈迦があの世に旅立つときは、あらゆるものが悲しんだそうです。涅槃図とは、仏教を開いた釈尊が入滅した様子を描いた絵図です。

僕の最後の葛藤は、

お釈迦さん、あんたどうやって全てを許したの?

という事でした。

僕は全く逆の人間です。友達もいませんし、むしろ孤独な人間です。と言うのも、人間というものが基本的には嫌いだったからです。なるべく関わりたくなかった。

「集団心理」「同調圧力」などなど

人間は集まるとろくなことをしないと思っていましたので、僕は一人を好みましたし、今でもそのスタンスは変わりません。その反面、釈迦のように多くに慕われる姿は憧れでもありました。

やっと釈迦の気持ちが分かったような気がします。

お釈迦さんやっと2500年前の宿題を1つ終えられたよ(*^^*)

いやいや、まだまだ宿題はあるのかもしれません。でも、1つハードルをクリアできたのではないかと思っています。

これまではメソッドを安売りしていました。もうそろそろ、

求めない人は見なくてよい

というスタンスで良いのかなと思っています。

皆ありのままで素晴らしいのだから(*^^*)

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