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子どもたちの発達連関『ネットワーク』に見出すことのできる「強いつながり」と「弱いつながり」


子どもたちの発達の「つながり」

 子どもたちの発達過程を「見える」化し、分析していく上では、子どもの発達や機能の間の「つながり」を意識しなければならない。しかしながら、発達のつながりを統計的、定量的に可視化するという手法については、様々な試行錯誤が続いている。
 今回は、60の項目について、達成された月を記録している手元のデータから、達成月の近接性という観点から「つながり」を見出す試みを実施した。結果の解釈を見やすくするために、保育指針のいうところの領域「健康」に関する30項目について、全項目との『相関係数』を用いて、「つながり」の強さ・弱さを分析してみることにした。具体的には、分析の対象とした領域「健康」に関連する項目について、他の領域の項目を含めた全項目の達成月について、300名以上の子どもについて、相関係数を取ってみた。

 相関係数は、2つの変数が連動して動く度合を指標にするものだ。相関係数は、-1から1の間で変動し、数値が大きい変数、項目の組合せほど、その組合せが相関している、すなわち、連動して変動することを示している。仮に、相関係数が1という場合には、その二つの変数を2次元のグラフに書くと、一直線上に点が並ぶことになる。また、相関係数の数値の評価については、理論的に決まったものがある訳ではないが、0.9以上であると非常に強い相関、0.7以上で強い相関、0.7~0.4で中程度の相関、0.4未満であると弱い相関ないし「ごくわずかの相関」と、経験的に評価される。


発達における相関の高い子どもたちの行動、能力

 さて、子どもの行動、能力(の組合せ)の相関係数が高いとは、今回のデータでは、何を意味するのだろうか?
それは、その組合せの行動や能力が、前後関係は別にして、近接した時期に、その達成が見られた(記録された)ということを意味する。近接した時間で、ある行動やある能力が発現、達成されるのであれば、それらの項目の間に、何らかの関連性があるということになるだろう。となると、ある項目の他の項目との相関係数の合計を見ることによって、その発達項目が他の幅広い発達項目の発現や達成との関係性が強いかの一つの目安になると考えることができる。
 そこで、今回の分析対象とした4歳児の領域「健康」に関連する30項目について、相関係数の単純合計を計算してみた。次の表は、合計値の高い項目のリストだ。我々の手元のデータでは、「健康」について、サブカテゴリーとして、「生活習慣」「手指運動」「全身運動」に分類されているが、今回の計算では、相関係数合計の値が大きい項目には、主に「生活習慣」の分類される項目が多く現れた。最も大きい値となった項目は、「手洗い・うがいなどの生活習慣が身につき自分から行おうとする」だった。 
 ちなみに、今回の計算で最も大きかった数値は、(表には記載していないが)最も合計値の低い項目の数値のほぼ倍であり、今回の計測では32~15の間で、数値が推移している。大まかな平均的な相関係数は、0.43程であった。

相関係数の高い項目

 さて、この結果の一つの解釈としては、子どもたちの発達の中で、生活習慣の定着が、他の様々な領域の成長や発達と幅広く関係しているということになろう。子どもの発達過程を見ていく上で、「生活習慣」の形成度合については、やはり注目することが必要だということになるだろう。


「薄く広い」相関、「厚く狭い」相関

 ただ、相関係数の合計とは言っても、その中には、「薄く広く」、つまり、様々な発達項目と薄く相関している結果として数値が大きくなっているケースと、「厚く狭く」、つまり相関している発達項目は少ないが、その項目との相関がとても強い結果として数値が大きくなっているケースの違いがあるはずだ。
 この「違い」を解明するために、相関係数の和に占める各発達項目のシェアを考えるべく、そのシェアの違いを表す指標として、経済統計の分野で考案された「ハーシュマン・ハーフィンダール指数(HHI)」を適用させてみた。このHHIとは、独占禁止政策を運用する上で重要な市場集中度、つまり、ある市場においてシェアの高い供給者がいるかどうかを比較する数値のことで、シェアの2乗の合計(の10000倍)と定義されている。
 HHIの高い発達項目を計算すると「ブランコがこげる」「グーパー跳び、ケンパー跳びをする、ギャロップができる」「利き腕を使い、ボールを投げたりワンバンドのボールを受けられる」といった「全身運動」のサブカテゴリーに属する項目が並ぶ。同時に、これらの項目は、相関係数の合計値が最も小さい部類の項目となっている。

発達時期の相関係数のヒストグラム

 この棒グラフは、この「相関係数の(合計)の最も高い項目」と「HHIの最も高い項目」について、相関係数の強弱のレベルを8段階(レベル)に分類して、その個数をグラフにしたものだ。このグラフからは、「相関係数の高い」項目では、相関係数が中程度の相関の部分に集中しており、「HHIの高い」項目では、弱い相関の部分に集中していることが一目瞭然となっている。
 ただ、HHIの高い「ブランコがこげる」についても、中程度の相関となっている項目があり、それは、「遊具・用具を使い、様々な動きを組み合わせて、積極的に遊ぶ」「足を交互に出して階段の昇り降りをする」「50cm位の高さから飛び降りようとする」といった全身運動のサブカテゴリーに属する項目だった。つまり、全身運動のサブカテゴリーの中で、相対的に「強い相互連関性」が見られるということだ。


発達とネットワーク科学

 関連性や「つながり」というものを、専門的に研究している研究分野として、グラフ理論から発展したネットワーク科学があり、近時、注目を集めている。子どもの行動や能力の相関も「つながり」の一種であり、相関係数が大きいということは「太くつながっている」ということになる。発達連関は、(双方向)ネットワークを形成していると言える。
このネットワーク科学の分野では、「強いつながり」と「弱いつながり」、そして、強い「弱いつながり」という議論がなされることがある。
 「強いつながり」とは、複数の項目(ネットワーク科学では、「ノード」と呼ぶ)が、相互につながりあっていて、狭く固まっているようなネットワークのことを言う。このような塊をクラスターという。発達項目間の相関の話しで言えば、HHIの高い項目間で相互に相関係数が高く、同時に、それら以外の発達項目との相関が低くなっている。これらの項目は、いわばネットワーク科学でいうところの(孤立気味の)クラスターを作っていることになる。
 一方、生活習慣にカテゴライズされる相関係数の合計値の高い項目は、薄く広く、様々な項目と相関しており、それぞれのつながりは、相対的に強くはないが、同程度のつながりが多数存在している。クラスターを形成するような「強さ」はない「弱い」つながりではあるが、様々な領域との広いつながりを持っている。そのため、影響力をより広い範囲に広められるし、他分野からの影響を受けやすい(感度が良い)ということになる。このような関連の性質は、『「弱いつながり」の強さ』と概念化され、様々な分野で注目されている。
 このようなネットワーク科学の知見を踏まえると、子どもたちの発達における「生活習慣」がもつ他の領域における発達との「つながり」の重要性が見えてくるのではなかろうか。
 今回の試行は、4歳児の子どもたちのデータで行っており、その結果、「全身運動」として観測している基礎的な体力の発達はそれなりに進んでしまっているため、他領域との相関が低くなっていることが考えられるので、全身運動の面での発達の重要性が低いということではない。しかし、生活習慣の定着が、人間の生活レベルの向上に資することは常に実感できることであって、子どもの発達における生活習慣が、様々な発達の発現との間で、『「弱いつながり」の強さ』を示しているというのは、妙に説得力を持っており、納得させられるというのは、筆者だけの感想ではないはずだ。