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Little Simz / Sometimes I Might Be Introvert

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Little SimzことSimbiatu "Simbi" Abisola Abiola Ajikawo(シンビアツ・”シンビ”・アビソラ・アビオラ・アイカウォと読むのかな?:1994年2月23日生まれ)はロンドン生まれのUKのラッパーです。両親はナイジェリア出身のヨルバ人で、彼女もヨルバ人。ヨルバ人はナイジェリア、ベナン、トーゴに住んでおり約3800万人いるアフリカ最大の民族の一つ。ナイジェリアの人口の約15%がヨルバ人です。両親は裕福かどうかはわかりませんが、それほど貧しい家庭ではなさそうで彼女が生まれたのはロンドン北部のイズリントン。ハリー・ポッターの舞台にもなったロンドン名所の一つで、高級住宅街と公共の集合住宅が同居する多様な階層が住む街。

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16歳のころから子供向け番組Spirit Warriorsに出演し、女優業の方がキャリアとしては先のよう。2015年、21歳の時にデビューアルバムを出し、2017年にはゴリラズのツアーのオープニングアクトを務め、2019年にリリースした前作Grey Areaはマーキュリー賞ノミネートなどミュージシャンとしての評価を高めていきます。並行してNetflixのドラマにも出演するなど女優業も続けています。下の写真はSpirit Warriors出演時、右端がSimz。

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本作は4作目のアルバムで、各種メディアからは絶賛と言ってもいい評価を得ています。今年のUKラップはDaveWe're All Alone In This Togetherが絶賛されていましたが、それに並ぶか超えるぐらいの評価。今のUK音楽シーンで高く評価されるサウンドを聞いてみたいと思います。

活動国:UK
ジャンル:コンシャスヒップホップ(政治的、社会的主張のあるヒップホップ)、ネオソウル
活動年:2010~現在
リリース日:2021年9月3日

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総合評価 ★★★★☆

ファンタジックな、ハリーポッターのサウンドトラックのような魔法を感じさせるオーケストレーションとラップが融合している前半。イズリントンの街並み、古い文化が息づく魔法都市ロンドンの空気感がありつつ、物語が展開していく。緊迫感はあるもののマジカルなサウンドや子供たちの声が入ってきて、明るさや希望、包容力を感じさせるサウンドなのが聴いていて心地よい。ソウルやソフトロック、ジャズロック的な音像でもあるので、UK音楽を聴きなれた耳には入りやすい。

14,15,16で音像が変わり、急にアフロビートに。フェラクティを想起させる音像で、ナイジェリアのルーツを強く思わせる。ただ、主役であるLittle Simzのボーカルはそれほど変わらない。ファンタジックの音世界の中では黒人性を多少感じるし、アフロビートのサウンドの中では白人性をむしろ少し感じる。あくまで歌唱法とか言葉の発音、節回しの話。アフロビートとしての完成度は高く、このパートはクライマックス。

そして17で再び元の世界、ロンドンに戻ってくるが、18,19は少し大人びている、日常生活を感じさせる音像になっている。アフリカでのルーツを見つけ、自分の内面的成長を果たしたのかもしれない。内なる子供の声もなくなり、すっきりした都会的な音像で終わる。全19曲、65分と今の時代にしてはかなり長尺なアルバムだが、きちんとドラマが展開していき、さすが女優だなと思わせる。ところどころに入るインタールードはナレーションも入りまるでラジオドラマのようだ。見事に演じきっているというか、一つの作品としてのパッケージの完成度が高い。「また聞きたい」と思わせる良作。

昨日のカニエ・ウェストに続いてヒップホップを聞いてみた。UKとUSの差。ウェストの作品の方がビートの面白さ、言葉の響き、音としての快楽性は高い気がするが、シムズの方がスッと入ってくる感じもして心地よい。この作品は”メインストリームの大ヒット作”というよりは”個人史に残る大切なアルバム”という感じ。いろいろと凝った仕掛けは入っているし壮大だけれど、ウェストほど研ぎ澄まして社会とは対峙しておらず、もっと等身大な音楽。おかれた立場、持っている社会的影響力の差もあるのだろう。両方、力の入った大作だがそれぞれ魅力が違って面白い。

1.Introvert 6:02 ★★★★★

マーチングのような、映画のオープニングSE(映画会社のロゴが出てくるところ)のような壮大なテーマ。から、オーガニックなリズムが出てくる。弦楽器とビートが誘導する。歯切れがよく、緊迫感のあるラップが入ってくる。後ろでは壮大な弦楽器とクワイアコーラスが神々の戦いを描き出す。大仰で大英帝国的。メロディアスなコーラスが出てきて、ラップと絡み合う。音の情報量が多い。ちょっとUKジャズっぽさ、都市や田園を思わせるクラシック的な、構築され、ダンス音楽ではないビッグバンドジャズ、を感じる。自分のUKジャズの印象はマイク・ウェストブルックのメトロポリス。映画のサントラ的といった方が通じやすいのかもしれないな。メロディアスなコーラスも魅力的で、ラップとメロディとファンタジックさ、映像的な音像がまじりあって壮大な音世界を築いている。

2.Woman 4:29 ★★★★

ラップ色が強くなる、ただ、つっかかりのあるブレイクビートではなくレトロでソウルなビート。ボーカルスタイルがラップ。ソフトロック的な落ち着いた音像。ラップする声も平熱。包み込むようなコーラス。

3.Two Worlds Apart 2:58 ★★★★

ソウル、レトロで落ち着きのあるサウンド。温かみのある音像。ややあどけなく言葉を紡いでいく。少しアフロな発音。巻き舌が独特というか。呪文のように唱えられるラップと、それに呼び出されるかのように舞い上がるドリーミーなコーラス。そういえばカニエ・ウェストの賛辞で「錬金術」という言葉があったが、どうもそうした魔術的な比喩が似合うような気がする。ラップは呪文を想起する(言葉遊び、押韻もそうだし)し、そこからメロディが生まれてくるのは魔法的、かつこのアルバムはかなりファンタジック、ファンタジー映画のサントラ的な音像があるから想起しやすい。

4.I Love You, I Hate You 4:15 ★★★★

と思っていたら尖ったビートが出てきた。細かく分断されたリズム。弦楽器は後ろで鳴り響いているのでファンタジックでドラマティックな感覚は続いている。ちょっとスパイ映画的な感じか。金属音の鳴り物が騒然とした感じを出している。だんだん弦楽器、ファンタジックな音世界が音像を包み込んでいく。灰色の都市が呪文(ラップ)によってピンクの霧に包まれていくようだ。

5.Little Q, Part 1 (Interlude) 1:08 ★★★★

明るい子供のコーラス、祝祭的な響き、その上にのる男性の低い声。インタールード。

6.Little Q, Part 2 3:46 ★★★★☆

前の曲のモチーフが戻ってくる、今度はビートを連れてくる。ヒップホップのビート。アレステッドデヴェロップメントやジュラシック5あたりを思い出す、オーガニックで温かみのあるビート。子供の声でコーラスが続く、ハミングだった部分に歌詞が入ってくる。子供たちの笑い声、生活音、環境音が多く入ってきて解放感が強い。

7.Gems (Interlude) 2:57 ★★★★

ファンタジックな音像、オズの魔法使いやハリーポッターのサントラみたいな音像が続いている、特にこの曲はファンタジック。その上に語りが入る。ラップというよりナレーション、本当に映画のシーン、ラジオドラマのようだ。女神からの啓示、聖霊の訓示、魔法使いと子供の会話のようなシーン。インタールードだが凝っている。

8.Speed 2:40 ★★★★

アタックの強いビッグビート。歯切れのよいラップが乗るが、チープなシンセのメロディが鳴り響く、どこか屋台の笛のような、レゲエ、ダブのハーモニカ(オーガスタ・パブロとか)のイメージだろうか。もうちょっとアラビック、パンジャビ感もある。UKらしい、ひねくれたというかどこか人を食ったような、何が出てくるかわからない音世界。

9.Standing Ovation 4:08 ★★★★☆

オケヒットと共にビートが鳴る。やや強めのラップ。場面が展開し、穏やかで落ち着いたシーンに。小鳥のさえずる庭で子供たちが遊んでいるようだ。子供のねだるような声が入ってくる。また緊迫感あるシーンへ、危険なストリートに出ていくような。日常を鼓舞する、ファンタジックなドラマに変えるサウンド。ティーン向けのドラマのような、何かに立ち向かっていく、シンプルが故に感動する物語。そのところどころに着地するサウンドがファンタジックな、ハリーポッターのサントラのような音世界なのが面白い。ちょっとコーネリアスのファンタズマのオープニングにも近い感じがある。

10.I See You 2:45 ★★★★

ピッキングハーモニクスの音をサンプリングしてその上に奇妙なSEがループする。アコースティックな素材をループするトラック。スロウなテンポでつぶやくようにラップが進行する。メロディが立ち上がってくる。穏やかな曲。

11.The Rapper That Came To Tea (Interlude) 3:39 ★★★★

またファンタジックな、渦巻くようなサウンドに語りが入る。ラジオドラマ的な作り。女優ということでナレーションがまさにTVドラマ的。コーラスが重なっていく。何かの登場、感。こういうインタールードも中だるみというか、「単なる音のつなぎ」感がなく、きちんと一つのパートとして魅力的。

12.Rollin Stone 3:08 ★★★☆

警告を鳴らすようなビート、緊迫感のあるラップ。シリアスな声で鋭く切り込んでくる。ローリンストーンとあるがブルース感やロックンロール感は皆無。別にバンドのことじゃないのだろう。

13.Protect My Energy 1:02 ★★★★

シンセポップのような、跳ね回るシンセ音。どこか夢見るようなドリーミーな音像。この明るめの音はコーネリアスっぽいんだよなぁ。渚十吾とかもそうだったけれど、エンジェル・ドルフィンとか。90年代にこういうドリーミーでアッパーなサウンドのアーティスト群が日本にもあった気がする。あれって特異点だったのか、どこか別のルーツなのか。短い曲だが音の雰囲気を見事に変えていった。

14.Never Make Promises (Interlude) 3:05 ★★★★

ドゥワップ的なフレーズを連呼していく。こういうつなぎの音が面白い。

15.Point And Kill 4:03 ★★★★☆

猛烈にアフリカン、アフロアメリカンな音像。ちょっとアフロビート。そういえばフェラクティってナイジェリアだっけ。ヨルバ人の音楽なのだろうか。そういえばフェラクティも英国に来てジャズに触れてアフロビートを生み出した(Africa70)んだな。出自は近いものがある。とはいえフェラクティのような呪術性はなく、息子たち(フェミクティや、シェウン・クティ)のような洗練され、ミニマルになったアフロビート。

16.Fear No Man 2:38 ★★★★☆

トライバルな感じを引き継ぎつつ、アフロビートからは変わった。もっとプリミティブな祝祭感。その上に乗るのがモダンなラップ。いや、これもアフロビートだな。フェラクティ的なキーボードの煽りも入ってくる。14曲目以降、それまでのファンタジックな音像が急に変わりかなり本格的なアフリカンなサウンドに変わった。こういうトランジションの極端さはUKゆえだろうか。極端に白人的な音から極端に黒人的な音へ飛んで見せる。USだとなかなかここまでは振り切れないんじゃなかろうか。なんとなくだけれど。もっと音像とかマーケット、ミュージシャンとか頭の中にある音像が分化している気がする。

17.The Garden (Interlude) 4:56 ★★★★

再びファンタジックな音像が戻ってくる。エンディングが近い、決戦前というか、あるいは決戦を終えての総括というか、壮大な叙事詩のような音像の上でナレーションが乗る。指輪物語だと上から俯瞰で「今までの出来事を振り返る」みたいなシーン。そして次のシーンへ展開していく。間奏がかなりドラマティック、というか、ドラマそのものの音像。

18.How Did You Get Here 3:26 ★★★★

穏やかなヒップホップ、日常生活のような。言葉数は多いが、自然体。ソウルフルでソフトロック的な音像。フリーソウル。

19.Miss Understood 3:58 ★★★★

最後3曲は日常感がある。何か落ち着いた、日々の暮らしというか。映画で言えば後日談、的な。過度にファンタジックでもなく、モダンでアーバンだけれど感情の起伏はそれほどない。等身大の日常。ボーカルもオフリバーブで耳に近い。

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