見出し画像

Halsey / If I Can't Have Love, I Want Power

画像1

Halsey(ホールジー)ことアシュリー・ニコレット・フランジパーヌはUSの女性SSWで、SNSを通じて自作曲を発表して人気を得たのち、2014年にデビュー。本作は4枚目となるアルバムです。ホールジーの由来はブルックリン区のニューヨーク市地下鉄ホールジー・ストリート駅と本名のAshleyのアナグラム。

2020年、ビルボードは、Halseyが100万枚以上のアルバムを販売し、米国で60億回以上ストリーミングされたと報告しました。4つのビルボードミュージックアワード、1つのアメリカンミュージックアワード、1つのGLAADメディアアワード、MTVビデオミュージックアワード、2つのグラミーアワードなどにもノミネートされ、現代アメリカを代表する女性アーティストの一人。社会的なテーマに対して発言することも多く、自殺予防の意識、性的暴行の犠牲者の擁護、および人種的正義の抗議といったテーマに関与してきました。

ホールジーは1994年9月29日、ニュージャージー州エジソンで生まれました。彼女の妊娠が分かった後、両親は大学を中退し働き始めます。彼女の母親はイタリア人とハンガリー人の子孫であり、彼女の父親はアフリカ系アメリカ人といくつかのアイルランド人の祖先をもつ、異人種間での婚姻でした。

彼女の両親が多くの職を転々としたためホールジーの家族は頻繁に引っ越しをし、10代に達するまでに彼女は6つの学校に入学していました。高校ではいじめに遭い、17歳で自殺未遂を試み、17日間の入院に至ってしまいます。これに続いて、彼女は双極性障害と診断されました。このころからレクリエーショナルドラッグ(遊びや気晴らしに使う麻薬)を覚え、彼女は17歳のときに、24歳の男性と恋愛関係になっています。

高校を卒業後、ロードアイランドのデザインスクールに入学しますが経済的困難のために退学し、代わりにコミュニティカレッジに通いました。最終的にはコミュニティカレッジも中退し家から追い出されます。そして、当時のボーイフレンドを通して知っていた「退廃的なストーナー(麻薬愛好者)」のグループと一緒にロウアーマンハッタンの地下室に住みつきます。ニューヨークの多くのホームレスシェルターの1つに住み、売春によって生活して時期もあったそう。「ランダムな場所で眠ったらレイプされたり誘拐されたりする危険があったから、それに比べたらきちんと相手がいたほうが安心だったから」と彼女は述べています。

そんな苦労の中、17歳から作曲を始めた彼女は自作曲をSoundcloudにアップして注目を集めていき、レコード契約を手に入れます。初期は地下鉄の駅で弾き語り活動を行っていたそうで、NYブルックリンの地下鉄駅であるホールジー・ストリート駅はライブ活動の原点の一つ。そんなこともあって芸名に選ばれています。

その後、2015年のデビューアルバム「Badlands」が200万枚を超えるヒットとなり、一躍スターダムに。異人種間の生まれ、双極性障害、および両性愛者である彼女は多くの論争に参加し、時に引き起こしながら活動を続けています。

2021年1月、Halseyは、パートナーである脚本家のAlevAydinと最初の子供を妊娠したと発表しました。7月14日に出産。本作は妊娠~出産を経てリリースされたアルバムでもあります。プロデューサーはトレント・レズナーとアッティカス・ロスというオルタナティブシーンのアイコン。ホールジー本人は本作を次のように紹介しています。

このアルバムは、妊娠と出産の喜びと恐怖についてのコンセプトアルバムです。カバーアートが過去数ヶ月の私の旅の感情を伝えることは私にとって非常に重要でした。マドンナと娼婦の二分法。私が性的な存在であり、私の体が器であり、子供への贈り物であるという考えは、平和的かつ強力に共存できる2つの概念です。私の体はここ数年、さまざまな形で世界に属しています。このイメージは、私の自律性を取り戻し、人間の生命力としての誇りと強さを確立するための手段です。

それでは聞いてみます。

活動国:US
ジャンル:Alternative rock、grunge-pop、pop-punk
活動年:2014-現在
リリース日:2021年8月27日

画像2

総合評価 ★★★★

90年代以降、いわゆる「オルタナティブロック」の様々な音像、サウンドスタイルを並べたようなアルバム。メトロポリタン美術館でジャケットが発表されたそうだが、まさに美術館のような「オルタナティブロックの展示会」的な内容になっている。ざっと受けた感想を並べてみると、1.チェンバーポップ、2.ビョーク的なインダストリアルポップ、3.ポストパンク、4.クラシックなヒップホップ、5.インダストリアルポップ(いかにもトレントレズナー的なビートにイマドキのUSメインストリームっぽいメロディが乗る)、6.シューゲイズ、7.カントリーポップ、8.ゴシックっぽいグランジ、9.ポップパンク、10.アンビエントR&B、11.ビョーク的なインダストリアルポップ(+いかにもトレントレズナー的なビート)、12.ストーナーロック、13.ゴシックなニューウェーブ、といった印象。それぞれ音像が違う。ただ、惜しむらくはややメロディが弱い。これでどの曲も印象に残るフックがあれば素晴らしい試みなのだけれど、それぞれのジャンルの音像の変化を気にしないほど強い芯となるメロディや声ではなかった。むしろ焦点がぼやけるというか、音の変化のブレの方が強い感じ。あと、けっこうトレントレズナーの色が強く出ているように感じる。「ああ、NINの感じだ」と思う曲がいくつかあったので、ボーカルスタイルにはそこまでの過激さはないが、NINのビート感が好きな人はもっと気に入るかもしれないなと思う。

1. "The Tradition"  3:46 ★★★★☆

ピアノと声、少し舌足らずで特徴的な声。弦楽器とハーモニーが入ってきてコーラスで盛り上がる。基本的に美しい和音だが一音不協和音が入っていて不穏な感覚を埋め込んでいる。高揚感と不安が同居する音。言葉のテンポが変わり、ビートも変わる。シンプルで余白が多い(基本的にはピアノと声)構成で、コーラス部分だけハーモニーと弦楽器が入ってくる。静かで優美なダイナミズム。ジャケットやアーティストイメージの通り、美術館の宗教画、聖なるものと、その中に潜む影のような印象がある。

2. "Bells in Santa Fe" 3:37 ★★★★☆

ピアノ的な質感があるシンセ、前の曲に比べるとやや機械的、エレクトロ的な音像に変わったが鍵盤と声という構成は同じ。細かい刻みの和音が打ち続けられ、その上にボーカルが乗る。言葉を繰り返す、節回しが強い、回転するようなメロディ。哀切な表情が強い、BjorkのHyperballadを少し思い出すメロディやアレンジ。機械的な音が入ってくる。

3. "Easier than Lying" 3:26 ★★★★

前の曲から間髪入れずにスタート、パンク的なベース音とリズム、ポストパンク的。その上にボーカルが乗る。太くて割れているベース音。ギターサウンドも入ってくる、トレントレズナー的でグランジ・オルタナ的インダストリアル・ノイズハードロックな音像。ただ、声にスクリーム感は薄い。だんだん音のカオスさが増していき、急に途切れて終曲。

4. "Lilith" 2:47 ★★★☆

クラシックなヒップホップリズム、声が入ってくる。90年代的な音像。ちょっとレゲトンも入っているか。ややレトロで凡庸。

5. "Girl Is a Gun" 2:26 ★★★☆

落ちるようなソニックブーム、そこからハキハキしたビートが入ってくる、さまざまなものを打ち鳴らすような。インダストリアルな音像。バッキングには「トレントレズナーらしさ」を感じる。言葉を揺らぎながら紡いでいく。ヒップホップ的な音韻、節回しも多少感じる。言葉数多めで、いかにもUSポップっぽいメロディ。

6. "You Asked for This"  4:26 ★★★☆

インディーロック、ギターポップ的な音像に。ローファイ気味でシューゲイズなバックサウンド、混然一体となったバッキングの上に、ボーカルがくっきりと乗っている。もしかしたら2000年代以降のインディーシーン、いや、オルタナティブロックシーンに出てきた音像を総括・陳列しようとしているのだろうか? さまざまな音像が出てくる。「総括する、人生を振り返る、自分の中の音像を棚卸する」といったテーマなのかもしれない。ただ、4,5,6はやや古臭いというかサウンド的な古さを感じる部分もある。ビートとか、いくつかの音にモダンな要素は入っているのだけれど、全体として「少し前の音」感を受ける。これが意図的なものだとしたらこの後どう展開していくだろうか(1,2曲目はもっとシンプルな構成故にあまり「サウンドスタイルの古さ」とかは感じない)

7. "Darling" 3:02 ★★★★

アコギ、カントリーポップのような音像に。かなりくっきりとした美しいアコギの音、加工されていない。テイラースウィフトのような、洗練というか漂白された音の粒立ちだが、弾き方には少し粗さ、人間味がある。これは明らかに「インディーロック、オルタナティブシーンにある各種音像」をどんどん陳列しているな。何気ない曲だがいい曲。

8. "1121" 2:42 ★★★★

また雰囲気が変わった、ややダウナーな雰囲気。ピアノとボーカル。1曲目に戻るような構成。ただ、空間を埋めるシンセの音が飛び回る。これもオルタナ、グランジっぽいな。静ー静ー動ー静のピクシーズ~ニルヴァーナの王道パターンの構成。ホールとかにも近いかも。ただ、ギターサウンドは出てこない、シンセの音が主体。オルタナシンセポップというか。歌メロだけならエヴァネッセンスとかああいう感じか。

9. "Honey" 2:53 ★★★★☆

急にハキハキしたバンドサウンドに。ポップパンク的。アヴリルラヴィーンとか。ベースが効いている。明確なロックンロールリズム。アコギも入ってきた。連続して流れていくメロディ、フックがないようで「Honey」の響きが耳に残る。サラリとバンドサウンドの魔法を感じられる曲。

10. "Whispers" 3:11 ★★★☆

アンビエントで音数少ないピアノ、静謐な空気に変わる。ボーカルが入ってくる、ボーカルラインはそれほど変わらず、言葉数多めでなめらかに流れていく。曲のタイトルの通り、ささやき声が混じる。密室的なヒップホップ、ヘッドホンサウンド。ヒットチャートに乗ってくるヒップホップ色の強いR&B的な音。「ちょっと古いな」と感じてしまうが、考えてみるとこれは今の音か。最近先鋭的なものばかり聞いていたから感覚がおかしくなっていた。メインストリームはアンダーグラウンドに比べれば遅い(アンダーグラウンドの中から一定の洗練を経て掬い上げられる)から、これは今のメインストリームの音っぽい。

11. "I Am Not a Woman, I'm a God" 2:56 ★★★☆

シンセポップ、こういう譜割がはっきり見える、というか、プリミティブな、DTM初心者が作りそうなトラックを作るところがトレントレズナーの特徴ともいえる。シンプルな構成、ビートに刺激的な音を足していくことで力強さ、混沌を生み出していくというか。四面四角なビートとでも言うか。実はあまりトレントレズナーのビートが好きではない。やや単調に感じてしまう。インダストリアル感のあるシンセポップ。しかしすごいタイトルだな「私は女性ではない、私は神だ」。2曲目に近い、Postの頃のBjork的な雰囲気がある曲。

12. "The Lighthouse" 4:33 ★★★☆

ヘヴィでスロウなガレージブルースバラード。初期ホワイトストライプスのような、太くてゆがんだギター、ガレージサウンドにけだるいボーカルが乗る。曲の構造は酩酊する、ストーナー的なメロディ、サウンドだが、ボーカルがくっきりと聞こえるのであまり酩酊感はない。もっとボーカルがギターに埋もれていたらストーナー感が強まっただろう。

13. "Ya'aburnee" 3:08 ★★★★

シンプルな、ベースとボーカルといった構成。低音で曲の構造を支えるベース音、その上にかすかに漂うシンセのコード。訥々と言葉を連ねていくボーカル。淡々と流れていくが哀切な感情を感じる良い曲。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?