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グラフィックデザイナーはDXできるか?

10月23日、24日に開催されたデザインカンファレンス「Designship2021」の登壇内容を公開します。「Transformation」するデザイナーのみなさまに、少しでもお力添えできれば嬉しいです。

はじめに

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フォーデジットの荒井康豪(あらいやすひで)と申します。今日はグラフィックデザイナーはDXできるか?というテーマでお話しさせていただきます。

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もともと私は日本デザインセンターというデザイン会社に15年ほど在籍してまして、企業のブランディングやプロモーション、グラフィックデザインのお仕事をずっとやってきました。並行して個人的にもグラフィック作品を追求していて、発表したりしていました。

3年ほど前から領域をデジタルに移して、現在はフォーデジットという会社でアートディレクターをしています。

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こちらは日本デザインセンター在籍当時につくったものです。色々とありますが代表的なものですと、自動車企業のブランディングや、美術館のポスターやリーフレットなどがあります。私は印刷や紙の技術が好きだったので、そういうところにこだわってクリエイティブをやってきました。

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そんな私が、グラフィックデザイン業界からデジタルの業界へ、サービスやプロダクトのデザインという比較的ビジネスに近い領域に移ったわけです。なぜそうしたのかというと

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今はもうデジタルテクノロジーが前提の世界になっています。デジタルによって個人が得たい情報だけを得られる時代になって、プロダクトが世の中の中心になってきたと、ずっと感じていました。そうなってくると自分が作っているプロモーションや広告も、どんどん変わっていくんじゃないかと。そんな危機感があって、デジタルの業界に移りました。

「越境」のリアル

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業界を移るというのは、今までと違う領域に入って新しいスキルを獲得するということで、「越境」なんてよく言われます。けど私の経験上は、その「越境」という言葉はあまりしっくりきていないんです。

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やってみると、予想以上にハードで障壁が多いんですよね。「過去 VS 未来」と書いたんですけど、過去からも未来からも詰められるみたいな瞬間がありました。どういうことかっていうと

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まず過去で言うと、元々染み付いているもの。例えば脳の働きや感覚です。もうそれまで長いことずっと脳の同じ回路を使ってきたので、新しいことをやろうとするとすごくハードに感じてしまう。あとは憧れやプライド。今はもう随分変わっているかもしれないんですけど、デザイナーになった当時は「駅貼りのB倍10連ポスター」なんかがグラフィックデザイナーのステータスだったわけです。あとはクリエイティブ以外のことしたくないな…みたいな余計なプライドとか。そういう憧れやプライドみたいなものが、なんとなく残っていたり。そういう自分の「過去」が詰めてきます。

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未来で言うと、新しい環境へと変わることなんですけど。これまでと違うルールの中に入るということは、ルールがどうしてそうなっているかという、そもそもの理解が全然無いということです。なのでこれまでの経験がどうであっても、萎縮してしまうっていうことがどうしても起きます。それにクリエイターって割と偏りのある人が多いのかなと思うんですけども(笑)。ここが秀でてるからあとは許してやろうみたいな優しい人達の中で暮らしていたところを急に、秀でてるところを全然知られてない人達の中に放り込まれるわけです。自分の能力をまだ知ってもらえていないので当たり前なんですけど、(なんなんだろうこの人…)みたいな感じになります。

それにカルチャーギャップもすごくあります。IT用語はわからないだろうなと思っていたら、ほんとにビジネス一般の言葉もわからない。「合意形成」とか「要件定義」のような言葉すらわからなくて、そういう知らない言葉がわーっと飛び交っていると思考停止になっちゃうみたいな(笑)。そういうことがたくさん起きて、心理的安全性が極めて低い状態になってしまいます。

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実際の仕事でできることも、予想とは違いました。この図は左から右へプロジェクトの流れを表した図なんですけど、このグレーになってる部分ができると思っていました。プロジェクトのあるフェーズに入ったら、自分の持っている能力で漏れなく乗り切れるんじゃないかと。「越境」する前は思っていたんですが

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実際はもうこんな感じで、つまみ食いしかできないみたいな。プロジェクトの大きな流れを見たときに、小さい島がぽこぽこあるくらいのことしかできないっていうことが、わかったわけです。

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実際「越境」してみて、自分のために用意されている仕事はないっていうことにすごく気付かされました。

「越境」ではなく「Transformation」

先ほど「越境」という言葉がしっくりこないと言ったのは、「越境」っていう心構えでいくと全然対応できないと思ったんです。

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これってもう「Transformation」=「形質転換」なんじゃないかと。

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形質転換、つまり分子レベルに分解して組み換えること。自分自身を遺伝子組み換えして、人じゃない何かに変身するみたいな。そういうレベルの「Transformation」をやらないとダメなんじゃないかと感じました。

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もう戻れないくらい変わってしまおうじゃないかと。サナギの中身が一回どろどろになっているように。一回全部無しにする。

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これまでやってきたこととか全部忘れて、全部捨ててしまおう。というところまで至ったわけです。

そう思って、取り組んでみると、まず自分ができること以外の部分を増やそうとします。このグレーの部分です。

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たとえばクリエイティブ以外の、会議を回したりとかユーザーインタビューをやってみたりとか。でもそうなると、ほぼ新卒レベルというかむしろ新卒以下の対応しかできないんですよ。インタビューもやったことないのでオープンクエスチョンばっかりしちゃって怒られる、みたいなことが起きたり。

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私は特殊なことはできるんですけど、当たり前のことができないっていうことがはっきりしてきました。

そのときモヤモヤ考えていたことなんですけど。

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持っているものを一回無にして学ぼうとしてはいたんですけど、圧倒的にできないことはできない。クリエイティブではないビジネス寄りの会議をしていると、全然返せないどころか内容自体が頭に入ってこないとか(笑)。

そうなってくると、圧倒的にできないことに取り組むんじゃなくて、自分が持っている能力を何か活かせないだろうか、と考えるようになりました。無理やり活かすならどうできるだろうか、ここにある何かと組み合わせるとどうだろうか、と考えていきました。

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これは、そうやってモヤモヤしているとき、自分にすごく言い聞かせてたことです。睡眠時間を絶対に削らない。睡眠時間を削っちゃうと、それこそ鬱状態になっちゃうんじゃないかくらい追い込まれていたので。もし同じようなことをする方がいたら、この点は注意してください。

グラフィックデザインの強み

人間の脳は、問いを与えて空白を作っておくと、潜在意識でなんとか答えを出そうと脳がずっと動いている、という話を聞いたことがあります。

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ずっとモヤモヤ考えていたことで、時間が経って、少し冷静に見られるようになってきたので、そのとき考えたことをいくつかご紹介します。

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歴史上、グラフィックデザインとデジタルデザインって全然別の文脈で立ち上がっていて、当然やっていることも全然違う…というように一瞬見えるんですけど。どちらも究極的には人が考えてやってきたことなので、呼び方やその内容は微妙に違っても、かなり似ているものがあるんじゃないか、という考えに至りました。例えばエディトリアルデザインとUIデザインなんかは、人の視線を誘導するデザインという点で、目指しているところはかなり近いんじゃないかという気づきがあったり。

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グラフィックデザインって、「表面」とか「上っ面だけ」とか思われることがあるんですけど。例えばプロダクトやサービスが中心にあって、それを包んでいるグレーの部分があります。これはストーリーや世界観やコンセプトだと解釈しています。このグレーの部分が薄くなってしまうほど貧相になるし、厚みを与えると魅力的になっていく。グラフィックデザインをやっていたときも、一番外側の薄い「表面」だけを考えていたわけじゃなくて、ポスター1枚でもコンセプトを練りに練って作っていました。こういった部分はなにか、領域を超えて活かせるんじゃないかと。

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今、本当にすごくよく使われている言葉で「UX」=「User eXperience」というものがあります。「UX」の本来の意味はユーザー体験全てということ。ユーザーにとって使いやすいか?というユーザビリティの部分はもちろんこの中に含まれていますが、それだけが「UX」というワードで語られがちな気がします。ユーザー体験って使いやすさだけじゃないですよね。ブランドとの出会い方とか、ミステリアスに感じたりとか、ハッとさせられたりとか。そういう体験すべてのことです。

ユーザビリティについては、ユーザーに聞いて正解を探しにいくようなデザイン。それに対して、それ以外の体験はユーザーの中に答えがない。正解をつくりだすデザインだなと思ったわけです。

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別の角度から見ると、こうなります。左側のユーザーに関するもの、ユーザビリティは、近年まで長い間無視され続けていました。ユーザー不在のへんてこなものがたくさん作られてきた歴史があって、最近になってこれが「デザイン思考」や「人間中心設計」で注目を浴びて改善され始めて。これはもう本当に大事な話なんですけども。

一方で右側の、クライアントの想いや物語、妄想に近いようなものを、世界観として、プロダクト・サービスに注ぎ込むっていうこともすごく大事なことだと思っています。そういうのを形にできるのが、グラフィックデザイン出身の人たちの強みなんじゃないかと思ったりしているわけです。

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「使いやすいか」をユーザーに聞くのはもちろん大切ですが、例えば新しいブランドの「どんな世界観が好きか」って、ユーザーに聞いたところで答えが出てくるわけがない。クリエイティブとしてこちら側で作るしかないものです。その物語や世界観の部分を、グラフィックデザイナーは作り上げることができるんじゃないかと思っています。

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しかも今後その能力はどんどん重要になってくると思っています。今や、モノだけのビジネスというのは、ほぼ存在しません。例えばD2Cのような、デジタル上でサービスが完結して、ユーザーと直接コミュニケーションをとれるブランド、プロダクトは今後もどんどん増えていくと思います。そうなった時にブランドの魅力的な世界観とか、強烈な思想を示して、ユーザーをファンにしていくっていうことがとても重要になってくる。グラフィックデザインをやってきた人は、そういう部分でデジタルでも活躍できるんじゃないかと思っています。

もちろんグラフィックデザイン出身の人だけをただただ推すっていうことではなくて。妄想/感性/自己中心発想で世界観を作ることと、ロジカル/マーケティング思想/ユーザー中心でより良い体験を追求していくこと。その両方が大事になってきているし、今後もどんどんそういう時代になっていくと思います。

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もうひとつ、これはデジタル特有の話なんですけど、プロダクトやサービスは完成して終了ではなく、ローンチした次の日から改善し続けるというのが必須になっています。そのためには足元のユーザーから吸い上げる改善と、もう一方で、数年後のまだ存在してないユーザーを想定して未来をビジュアル化しなければならないという場面が出てきます。その時、クリエイティブの力がすごく大事になってきます。

まとめると、グラフィックデザイン出身の人の強みとしてこの2つがあるんじゃないかと。

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ビジュアルで見せられる能力と、情緒面で訴えかけられる能力。特にこの「情緒面で訴えかける」ことに関しては、デジタル業界ではなかなかできる人がいないんじゃないかなという印象があります。そのメカニズムを理解して、ビジュアル化しながら論理的にも説明できる。我々のようなグラフィックデザイン出身の人は、この点に強みがあるんじゃないかと思います。

3つの「Transformation」

というように試行錯誤をしていると、周りの人が徐々に気付いてくれます。プロジェクトの中でも、やれることの島が少しずつ広がっていきます。

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ブランディングや世界観を作る人だということが周囲に理解され、さらに、それがサービスやプロダクトに重要である、ということが共通認識になると

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プロジェクトの工程に新しいフローごとぽこっと入れられたりして、自分がやれることの範囲が急激に広がる、ということが起きました。

この教訓から何を言いたいかっていうと

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初めは新しい環境に萎縮して、このプロジェクト工程は全て正しいんだと思っていたんです。だけど、デジタルデザインの環境、特に日本の環境はまだまだ過渡期なんだと思います。新しい環境に入ったときに、自分のまっさらな目で見てそれを分解し組み立て直すということも、意識として必要なんじゃないかと思いました。

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そしてここは特に強調したいのですが、自分自身や環境を「分子レベルに分解」して「一回無にする」べきだと言いましたが、これって自分がやってきたものを全部忘れて全部捨ててしまうということなので、すごく怖い、勇気のいることです。けれど一回捨てたところで、そのバラバラになったものから自分が持ってる能力っていうのは勝手に立ち上がってきます。なので大丈夫です、ということを強く言いたいです。

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ここまで話してきた「Transformation」=「分子レベルまで分解して組み立て直す」に、もう一つ共通することがあるかなと思っています。冒頭に印刷や紙が好きという話をしたんですけども、そのアナログの感覚をデジタルに持ってこれないかなということをずっと考えていまして。

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左側はザラザラの紙に文字が書いてあるモノです。この手触り感をデジタルのディスプレイ上で表現できないかと考えた時に、こういうやりかたあるんじゃないかなと思ったのが右側のものです。文字がパーティクルになって、小さな粒々のザラザラ状態になっている。それが集まって文字ができていて、スクロールによって散ったり、また集まって文字が形成したり。その動きや速度の調整をしていくと、これが脳に与える刺激としての感覚は、紙のザラザラした手触り感にかなり近いんじゃないかなと。

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つまり「感覚」を大元である脳に与える刺激のところまで分解して、デジタルの特性である動きやインターフェースを使って組み換えることで、アナログの手触り感を、そのまんまじゃなくて大元の部分で共通するものとして作れるんじゃないか。ということを最近考えています。

ここまでの話をまとめると、

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グラフィックデザイナーがDXするには、自分/環境/感覚の3つを「Transforamtion」する=「分子レベルに分解して組み換える」。そういう意識をもってやれば、グラフィックデザイナーのDXは成功するんじゃないかなと思っています。

おわりに

最後にそうやってDXした後のお仕事を1つ紹介させてください。

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こちらは「ahamo」というNTTドコモさんのモバイル通信サービスです。体験の全てがデジタル上で完結するというサービスで、認知から契約、利用まで長いユーザー体験があり、それをわかりやすくシンプルにするということを徹底しています。同時に一気通貫のブランド体験ということもすごく大切にしていて、ahamo独自の世界観をどこの場面でも途切れさせない、ということを一生懸命作りました。

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ユーザーへの深いリサーチを行ってユーザーの意見もきちんと取り入れながら、正解のないデザイン・正解を探しにいくデザインという面で、ahamoというブランドの魅力的な世界観や、ハッとさせる体験、そういうものまで含めてユーザー体験として作りあげたものです。良いサービスになったんじゃないかなと思っています。

(開発プロセスはコーポレートサイトでも公開してます!)

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グラフィックデザイナーは「越境」ではなく、「Transformation」をしましょう。一回バラバラに分解しても、自分独自の能力は勝手に立ち上がってくるので大丈夫!というお話でした。ありがとうございました。