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メディアとデザイン─伝え方を発明する(5)「環境と情報」


環境と情報

原稿は家で書く。仕事場ではなかなか集中できない。大学の研究室は論外である。仕事場や大学では書けないが、コーヒーショップなどでは書ける。だからいつも原稿は、ラップトップコンピュータの15.4インチのディスプレイで書いている。
仕事場と大学には30インチのディスプレイを置いていて、いつも持ち歩いているラップトップをそれにつないで表示する。A3サイズヨコ(A4見開き)が原寸で表示でき、デザインワークには欠かせない。複数の資料を並べて見比べることもでき、大画面がほしくなると、休みの日でも事務所に出向く。

15.4インチでも表示画素数は1440×900ピクセルあり、かつて使っていたRGBモニターとは比較にならないほど高解像度になったが、その分、画面が小さくてもいいかといえばそういうことでもない。そこでできる仕事は、情報の表示密度ではなく画面の物理サイズで決まる。
私の場合、13インチ程度のディスプレイだと、メールの読み書きとウェブの閲覧、それとせいぜいコメント程度の文章しか書けない。調べ物を並行してできないからである。15インチあれば、資料のファイルを開き、辞書ソフトやウェブサイトで確認しながら書き進めることができる。また、スタッフから送られてくるデザインや図版の確認も、このサイズからできるようになる。

17インチ以上あればデザインワークができる。不思議なことだが、サイズの小さな、たとえばロゴをつくるような作業でも15インチでは難しい。
30インチサイズを使い慣れると24インチには戻れない。それなら17インチでも同じという感覚になる。
小さい方に目を転じると、携帯電話の2インチではメールを読むことぐらいしかできなかったが、iPhoneの3.5インチだとウェブページの閲覧などできることが飛躍的に拡がる。13インチのラップトップならiPhoneでいいやという気持ちになる。単なる情報の表示とはいえ、物理的な寸法と無縁ではいられない。

AR(Artificial Reality)という概念がある。NHKで放送されていたアニメ番組「電脳コイル」のようなものという説明でいいだろうか。VR(Virtual Reality)のように、体験者の複数の感覚を活用して現実感を構築する「仮想現実」ではない。実際には存在しない人工の(コンピュータで生成した)映像と、目の前の現実の風景とを重ね合わせ、現実の情報と人工の情報をシームレスに結びつける「人工現実」の世界だ。「Augmented Reality(拡張現実)」ともよばれている。

たとえば、現実のある風景をディズプレイ越しにみると、そこには動画なりテキストなり、人工の情報が付加された風景が見える。実用を考えると、名所旧跡で博物館の音声ガイドのようなことができるだろうし、インタラクション(双方向性)を加えれば、それこそ遺跡に落書きする感覚で(もちろん遺跡を痛めることなく)自分の痕跡をとどめたりもできる。
実現のためには、高度な演算装置(コンピュータ)、検知装置(センサー)、表示装置(3Dディスプレイ)が必要とされてきたが、高速なネットワーク網と携帯端末の発達でにわかに現実味を帯びてきた。

しかし、現実の環境に情報を加えて場所と人との関係をつくるのは、何もそういった技術だけではない。公共建築の多くがそれに似た工夫をしているだろうし、双方向性はないが街のサインシステムはかなりAR的である。このように新しい革袋ができて、古い酒のうまさに気づくことが往々にしてある。

3年前にできた多摩美八王子キャンパスの情報デザイン棟は、そういった意味では良くできている。3・4階が私たち情報デザインコースのスペースなのだが、空間の真ん中がズドンと吹き抜けで、そこがフリースペースになっている。その広場を囲むようにして、ゼミ室やコンピュータ室、事務室、会議室などがあり、いわゆる廊下にあたるところがない。フリースペースでは、制作したり、ミーティングをしたり、食事をしたり、思い思いに過ごすことができる。発表や展示のスペースにも早変わりする。

4階には、大学院生と4年生のスペースがあり、反対側に教員の個人研究室が並んでいる。4階からは、3階のフリースペースを見渡すことができ、4階の部屋の多くがガラス貼りか素通しなので、とにかくどこでだれが何をしているのかが一望できるようになっている。まさに空間にさまざまな情報が雑然と貼り付いている状態なのだ。
環境と情報は常に人間を真ん中においてその関係を紡ぐ。そのはたを織るのが情報デザインの役目のひとつなのだろう。(2009年5月執筆)


追記:今は13インチのMacBookProを持ち歩いて、仕事のメインマシンはiMacProの27インチ。17インチのMacBookは好きで、修理・交換をしながら使っている。でも、そろそろ限界かもしれない。30インチディスプレイは、2台のうち1台がついこの間壊れた。もう一台は健在なので、17インチと繋げて使おうと思っている。17インチより今の13インチの方がピクセル数は多いのかもしれない。でも、ここに書いたように物理サイズは大切なのである。
ARはここに来て急速に普及して来ている。可能性が見えてきたということか。

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