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復元が進む出島を歩く

長崎新地中華街を後にし、出島までやってきた。ここは
鎖国体制の江戸時代に、西欧とつながり、西洋文化の
入口として日本の近代化に大きく貢献した場所。その
西欧の唯一の国とはオランダ。1641年、オランダ商館
は平戸から長崎の出島に移転され、その後、1854年に
開国するまでの213年間、貿易が続けられ、生糸、羅紗、
ガラス製品、砂糖、胡椒、ビロードなどが輸入され、
銀や銅、陶磁器などが輸出された。江戸時代、日本
に来航したオランダ船は延べ700隻に上るともいう。

2017年に開通した出島表門橋を渡り
復元が進む出島を歩く
まずは中央の通りを西へ。石倉の前を通り
庭の方へ。陶製の門柱を抜けて庭園へ
シーボルトがつなぐ長崎とオランダや
日本初の石造日時計も
日時計上の時刻は12時30分前
私の時計は12時40分。確かに実際より遅れている
1/15スケールのミニチュアの出島。リアルに再現されている
1878年に建てられた旧出島神学校は
現存する日本最古のキリスト教の神学校
修復されて展示室としても利用されている
ベランダと天井のラチス張りに下見板。洋館の意匠も楽しんで
広場を挟んで建つのは1903年に建てられた旧長崎内外倶楽部
手前には石に彫られた出島のオブジェ
鶯色の鎧戸がアクセントの約120年の歴史を持つ建物
軒裏の天井の板張りのデザインもおもしろい
2000年より1階はレストランとして利用されている
せっかくなのでレストランの内部の雰囲気や
天井の唐紙張りのデザインも興味深い

唐紙といえば有田で訪れた旧田代家西洋館を思い出す

ひと休みに長崎ミルクセーキを頂いて
建物周囲をぐるりとまわり
2階の展示室へ。当時の雰囲気を伝える写真なども
こちらは名刺入れ。当時の手書きの名刺も残されている
長崎内外倶楽部を後にして、復元された街並みを進む
復元された建物内部は展示スペースとなっていて
出島についての資料をたどる
出島では、この渋紙摺りの更紗と
木版摺りの唐紙の2種類のふすま紙が使われている
17世紀に長崎に輸入された砂糖は
シュガーロードと呼ばれる長崎街道から日本全国へ

佐賀の小城市もシュガーロードの途中にある

出島の復元事業は19世紀初頭の出島の再現をめざす
史料にもとづいて復元された建物が並ぶ街並みの中で
出島を代表する建物のカピタン部屋へ
ここはオランダ商館長(カピタン)の事務所や住居
唐紙はエメラルドグリーンの菊模様や
花の形をかたどった丸い模様に
斬新な菱形模様のデザインも
こちらは松の模様。2色摺りなので渋紙摺りだろうか
ダイニングテーブルの再現も。畳とエメラルドグリーンの扉に
植物模様のオレンジの唐紙の和洋折衷の斬新な空間
こちらは板間。美しいペンダント照明も
カピタン部屋に広がるデザインを楽しんだ
第Ⅰ期から第Ⅲ期まで復元が進む出島。次は第Ⅳ期


こちらの動画で出島の歴史や様子がよくわかる

長崎ばーどアイで出島の風景を楽しんで


1636年に完成した出島は、さまざまな歴史を刻み、
姿形を変えながら今に至る。1951年から長崎市により
始められた復元整備。1996年からの本格的な整備で
16棟の建物が復元され、2017年、出島表門が開通した。
その最終目標は、明治期の埋め立てによって失われた
江戸時代の本来の出島の姿を取り戻すことで、復元は
まだ道半ば。いつか完全復元された際には訪れよう。


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