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佐世保はかつて鎮守府が置かれた街

佐世保の旅は続く。次は大通り沿いに建つ佐世保市民
文化ホールを訪れた。この建物は第一次世界大戦時、
日英同盟により地中海に派遣した艦隊の活躍を記念し
1923年に建設された旧海軍佐世保鎮守府凱旋記念館。

戦後は米軍が使用していたが、1977年に返還されて、
佐世保市が1982年に市民文化ホールとして整備した。
文化財でありつつも、貸ホールとしての利用もできる。

建物には柱頭の飾りや壁面のレリーフなどが設置され
古典主義的デザインの外観は海軍ゆかりの街のシンボル
現在も佐世保市民文化ホールとして利用されている
細かな装飾が各所に施されていて
幾何学的なデザインもみられる
ここは国の登録有形文化財にもなっている
1923年に建てられた鉄筋コンクリート造の立派な建物
建物内部も無料で見学できる。往時をしのぶ写真の数々
現在も貸しホールとして利用されている場所を覗いてみる
この2層吹き抜けの空間は100年前に作られたものだ
舞台の奥の装飾が特徴的。ここでのライブは雰囲気がありそう
展示ギャラリーとなっている2階へ進む
光に満たされた階段室。木の手すりや腰板が空間を和らげる
かつて鎮守府の置かれた四つの街
主要海戦に参加しながらも無傷で終戦を迎えた雪風
100年前の完成当時の貴重な写真も
2016年の改修工事により今の姿に
改修には歴史ある雰囲気を残すために
色や形状などの検討がなされている
ここは佐世保市民に大切にされている建物だ


佐世保は、かつて鎮守府が置かれた街。明治新政府は、
西欧列強と渡りあうために艦艇の配備を進めながら、
1884年に横須賀、1889年に呉と佐世保、1901年に
舞鶴に鎮守府を開庁した。鎮守府とは軍港に置かれた
海軍の本拠地で、海軍に関わる施設が建設された場所。

海軍施設が充実するとともに、街には水道施設の整備、
鉄道が開通された。また当時には、人口増加、発展に
対応できるように都市計画がなされ、中心となる道路
と碁盤目状の整然とした街並みが形づくられている。

初めての佐世保の街。旧海軍佐世保鎮守府凱旋記念館
はその街の象徴となる建物だという。そのギャラリー
で軍港とともに歩んできた街の歴史にふれた。100年
前に建てられた建物は、今も歴史を語り続けている。


時を超え、今も大切に使い続けられている貴重な建物

その魅力で、鎮守府の沼にはまった人も

佐世保はかつて鎮守府が置かれた街

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