見出し画像

海の最恐生物のこと

テレビを見ていたら、最恐生物というのをやっていた。
よくこういう番組をやっているが、海の生物も結構よく紹介される。
私が見ている時にはシャチとかサメとかの大型生物のほか、ダツが紹介されていた。
とても意外だった。

夜の電灯潜りでは、確かに要注意生物のランキングに入る。
ダツは、水面近くを泳ぐことが多く、また電灯の光に飛び込んでくると言われている。
だから、水面で泳いでいるときに電灯を水平にかざしてはいけない、というのは漁師なら、またダイビングインストラクターなら常識だ。
光に飛び込んできたダツがその光の先にある人の体にあたったらエライことになる。
テレビでも言っていたように、ダツはとても鋭くてかたい口ばしがあるので、勢いがあれば人の体に刺さる。
水中の危険生物についてはいろいろな本が出ているが、ダツのページには決まって、目にダツが刺さった患者さんの写真が載っている。
とても衝撃的で恐ろしい。
脇腹に刺さったダツを慌てて抜いたために失血死した、という事例も載っていたような記憶がある。
だから、ダツが刺さったら抜いてはいけない。でもダツは暴れるから、まずは刺さった部分を残してダツを切断し、残った体はそのままにして病院に行く、そうだ。
…恐ろしすぎる。

とはいえ、ダツは人を襲ったわけではなく、間違って飛び込んだら刺さっただけである。
そうしたら切断されて止血のために残った体はそのままにされるわけである。
ダツにとっても、恐ろしいシチュエーションだろう。そんな目に合うと知っていたら飛び込まなかったのに、と思っているかもしれない。
ダツの怖さは、人とダツが互いにうまくできなかった結果で、不運というしかない。
ダツをサメやシャチと並べて怖がるのは、ちょっと違うと思う。

私だったら水中で何が怖いかな、と考えてみたら、1つ最恐の出来事を思い出したので、どうでもいいかもしれないけど、紹介します。

まだダイビングインストラクターをしていたころの話。
ウミガメは、春~初夏くらいに交尾の時期を迎える(沖縄では)。水面でメスに乗っかるオスのペアをよく見かけるし、水中でも、メスを探してうろうろしているオスらしきウミガメをよく見かける。
ある時、大きなアカウミガメがいたので、ガイドをしていた私は、指をさしてお客さんに教えた。カメがこっちを見ていたので、先頭の私はおびき寄せようと思い、カメに似せて平泳ぎをした。それまでの経験では、たいていカメは寄ってきて、カメじゃないじゃんとわかると泳ぎ去ったので、どの辺りまで近寄れるかな~、お客さんは喜ぶかな~などと考えていた。早速、水中ビデオを構えたお客さんが私とカメの2ショットを撮っていた。
そのでかいアカウミガメはどんどん近寄ってきた。…ためらう感じがない。近寄るほど、でかい。顔がはっきりと見える。欲情におぼれたうつろで大きな黒目…
こいつ、ヤバい奴や…
もう平泳ぎなんてしていない、私は人間だよ、ねえ人間だよ、と一生懸命アピールしてもひるまない。私は想像した。このままオスがメスにするように肩をがっちりつかまれて、そして、あの、いわゆる、アレを…
いったいどうなるのか…
どんな仕組みなのかよくわからないが、それは本当に命の危機に違いない。
私は本気で逃げた。
逃げても追ってくる!フィンが当たるほど近い!半狂乱だったが、最低限のガイドの役目として、近くにいた別のガイドに目で合図して私のお客さんたちを任せた。水中で水中生物のカメから逃げられるかどうか不安だったけど、十数分くらいだったろうか、なんとか逃げ切った。
まあ、カメも、やっぱ違うな、とでも思ったのだろう、何度も振り返りながらも、遠くに泳いで去っていった。
残圧計を見ると残りの空気はわずかだった。
私はこの失態を、お客さんたちに謝ったが、みんな「いいもんみたな」とホクホクしていた。ほかのガイドたちからもちやほやされた。アフターダイビングでは、みんなで私とアカウミガメの追いかけっこをビデオで見て、とても盛り上がった。
その時は、無事だったし、みんな楽しんだみたいだし、よかったかな、と思っていたけれど、今、こうして最恐生物を考えたときに真っ先に何十年も前のあの時の恐怖を思い出す。
漁師になった今も、イカを探しながら泳ぐときにいつも、アカウミガメを見ると「こわっ」と思う。
あのうつろな目…忘れられない。

さて、ダツの話に戻るが、目にダツが刺さった漁師は、たしか生きていた、ということだったと思う。
これは私の想像だが、きっと電灯潜り漁をしているときに、うっかり電灯を水平にしてしまい(正直な話、よくある)、たまたまでかいダツがそこにいて、きっとすでに漁師はたくさん魚を銛突きしていて、おそらくその魚たちをぶら下げていたから血もうっすら漂っていて、ダツは興奮してしまって、光に飛び込んだのだろう。
そうしたらたまたまそこに漁師の顔があって、でかいダツほど口ばしが固いから、きっとマスクも貫通するほどの勢いで、漁師の顔、しかも目に刺さってしまったのだろう。
漁師は慌てたが、冷静に、暴れるダツを手に持ったナイフで切り裂き息の根を止めて静かにさせ、仕方なく魚たちを捨てて海から上がり、病院へ行ったのではないだろうか。
病院の人たちはきっととてもびっくりしただろうし、こんな事初めてだったかもしれないけど、処置するしかないから、どうにかこうにか何かをして、漁師は命を取り留めたのではないだろうか。

あくまでも私の想像だが、こんな風に考えると、水中の最恐生物は、漁師のほかにはいない。
おそろしい。おそろしいほどに尊敬する。そんな冷静でたくましい漁師に私もなりたい。
でもダツが刺さるのだけは勘弁して。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?