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努力の本質3条件

努力とは何なのだろうか?

たまに、成功者は「自分は努力はしたことがない。ただやりたいことをやり続けただけ」みたいなことを言う。

この言葉に違和感があった。

だから、努力について考察を深めてみたい。

1.理想の状態が念頭にある

まず、1つ目の条件として、その努力する人の念頭に理想の自分の状態がある、ということ。

つまり、今とは違う理想の自分がいて、その状態になるために、なにかしらの行動を取らなければいけない。

体重を10キロ減らすというようなことから、メジャーリーグで20勝するのようなことまで様々。

2.負のクオリアがある

2つ目の条件は、何かしらの負のクオリアがある、というこt.

つまり、辛いとか、苦しいとか、我慢するというような時間が必ず存在しているだろう。

類稀な成功者たちは「自分は努力をしたとは思っていない。ただ自分がやりたいことをやっただけ」みたいなかっこいいことをいうが、この真意は、苦しいことをした覚えがないが、成功した、ということだ。

その意味はわかる。

ただ、本当か?

レヴィナスが言っているように、われわれは存在しているだけで、うっすらと怠さが常にある。それらをなくすくらいのめり込んでいるということか?

まあ、「努力をしたとは思っていない」というのは程度問題によるだろう。多少の苦しさ、めんどくささは確実にあっただろうが、それが相対的に小さくなっていたのだろう。

3.社会的価値のあることのための行動


上記の1と2を充たしたとしても、まだ足りない。

なぜなら、「おれは、生活保護を受給するために、そのめんどくさい申請のために苦労して努力した」ということでは、「努力」は成立しない。

ここでわかることは、その成し遂げようとしていることが、社会的に価値がある必要があるということ。

生活保護を受給するというその人本人にしか利がないようなことのための苦痛は、いくら上の1と2を充たしていても、努力とは言えない。

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以上、努力の本質を洞察してみた。


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