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勤労統計不正問題とオッカムの剃刀

昨年末から一気に注目度が高まった勤労統計調査における問題。雇用保険や労災保険などが過小給付となっていたことで、その追加給付に総額800億円あまりが必要とのこと。また厚労省による調査が「内部だけのお手盛りだったのでは?」とか「安倍内閣に忖度していたのでは?」という話まで出てきて、野党やマスコミからの格好の攻撃の的になっている状態です。

この件に関して、品質管理やトラブル対応に関して何か我々も学ぶべきところがあればと思い、ちょっと調べてみたのですが、少し気になる点があったのでこちらにまとめました。

なお現時点で公に発表されている調査資料は以下2つという認識ですので、これを元にしています。(この内部調査の信憑すら疑われていますが一旦ここでは正とします)

■そもそも毎月勤労統計調査って何か?

・厚労省が企業に協力を依頼し公開している雇用に関する月次統計指標
・政策検討や雇用保険や労災保険などの給付額の算出の元になっている
・統計法で依頼された事業主は提出が義務化されている(罰則あり)

Cf. » 厚生労働省:毎月勤労統計調査って何?https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/12/tp1201-1.html#01

具体的にはこんな統計資料ですね。(あくまで一部抜粋です)

■根本原因は何だったのか?

まず今回の問題は
  ①根本となる問題
  ②その隠匿

に大きく分けて考えるべきかと思います。
マスコミが突っ込むのは主に②に対してです。確かにその罪は深いのですが、実務家の観点からすると、再発防止の観点では①を明確にすべきかと考えます。

その①について考えてみたく、まずは構造を図示してみました。

簡単に言うと、平成16年(2004年)から平成30年(2018年)までの16年間、事業所規模500人以上の部における対象事業所について、「全数調査」と年報に記載していたにも関わらず、東京都分のみ実際は抽出調査(約1/3)になっていて、復元処理もされていなかった、というのが今回の問題になります。(2018年分は復元処理はされていたようです)

まず報告書でわかったのは、東京都を抽出調査にすることは厚労省が内部で極秘にやろうとしたことではなかったと思われるということです。以下報告書から抜粋します。(第2の1.平成16(2004)年以降の東京都における規模500人以上の事業所に係る抽出調査の実施及び年報の記載との相違についての事実関係より)

これを見る限り、調査方法を変える前年の7月末に都道府県知事宛に東京都の従業員500人以上の事業所については標本調査に変える旨を伝えています。つまり方式変更を厚労省内で隠密に行おうとする意図はなかったと思うのが自然かと思います。この統計調査は事業者側にとって大きな負担です。大手と向き合うことが多い特に東京都の統計窓口担当からの声を受け、標本調査にすることを選択したのではないか?と思います。

なお一部の論説の中には、そもそも標本調査自体が駄目だ、絶対全数にすべきだ、という意見も見受けられます。ただ標本抽出からの復元という行為は統計的には極めて一般的な処理であり、誤差が許容できるなら十分実用的な判断だと思います。限られた人的資源の中を有効に活用すべく費用対効果を見据えた提案であったとしたら、十分評価できる方法であると思います。

■直接的な問題は?

そう考えると、今回直接的な問題は2つあることが推察されます。

これは特に私がシステムに関わる仕事をしているからの目線かもしれませんが、要は企画の意図を正確に実行実現させられない実務遂行能力および品質管理能力の欠如(無さ?)と言わざるを得ません。

これまで動いていた制度や仕組み(システム)に手を入れる時は、その影響範囲を十分に調査し、その修正必要箇所を洗い出した上で、実施後は十分な確認をして、本運用としてサービスインする流れが一般的です。

またこうした変更の際は、各関係者間で作業が蛸壺化しないよう、そして手戻りやお見合いによるヌケモレ(私は「仕事における三遊間のゴロ」と言いますが)を防ぐためにも、全体を俯瞰するプロジェクト管理者が各種情報共有や課題の確認などを随時実施していくことが求められます。

また今回の変更を現場ではその影響を過小評価していたことも、問題の公表が送れた一つの原因だったようにも読み取れます。影響の大きさを適切に認識できていないリスク管理も不適切だったと言えるでしょう。

こうした品質管理や構成管理、プロジェクト管理的な観点での評価は、報告書からは一切感じ取れませんでした。(あるいは調査委員会の人が会計やセキュリティの専門家の方々だったようなので、こうした概念を知らない可能性も考えられます)

こうした単なる知識不足・能力不足を、不正とか忖度とか人の悪意が原因という整理をしてしまうことは、結果的に組織の能力開発を妨げる結果になる気がしてなりません。単に実力がないだけなんです。なぜか無理やり悪意を見出そうとしている風に見えてなりません。

■「オッカムの剃刀」になっていないか?

最近聞く言葉で、「オッカムの剃刀」と言う言葉があります。Wikipediaによると、

「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」とする指針。

私自身は、物事を見る時に不必要に不自然な仮設を立て過ぎることで本質を見誤ることがあるので気をつけよう、という戒めだと理解しています。

私は本件についても同じことを危惧します。

再発防止を果たすとしたら、少なくとも本統計に携わる方々について、まず基本的な職務遂行能力を問うべきです。

もし業務基準がなかったとしたらそれを構築するべきですし、基準があっても守られていなかったとしたら、運用改善を計るべきです。ひょっとしたらより本質的な職務コンピテンシー能力開発が必要なのかもしれません。

追加給付の事務費に100億円以上かかるという意味不明なお金の使い方するぐらいなら、そのうち1億円でも、一定の能力ある人の雇用と部門の人材能力開発研修に充当するほうがよっぽど将来が期待できると思うのです。

誤解がないように改めておきますが、今回の一連の勤労統計に関して最大の問題と思うのは、この事実を平成16年以降厚労省内部でも気づいていながら、結局10年以上表にすることが出来なかったということにあります。恐らく時間を重ねれば重ねるほど、言えなくなってしまったのでしょう。今回公表するきっかけも、昨年の総務省からの指摘が発端でした。

この状況から類推するに、厚労省全体として感じる隠蔽体質の改善が求められることは間違いないと思います。ただこれはまさに「言うは易し行うは難し」であり、一朝一夕で為せる変革ではないと想像できます。またあくまで邪推ですが、ここ数年で発表できなかったのは、事実政権への忖度があった可能性は否定しきれません。

ただそれでも「統計」という国の根幹を支えていただいている仕事だからこそ、実際の現場にどんな方法論やスキル能力が欠けていたのかを明らかにし、特に組織及び個人の実務遂行能力(体系的な品質管理やプロジェクト管理力)を改善・再構築するという目線は、再発防止からは決してぶらさないようにしてもらいたい、そう切に願います。

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