気軽に免疫学 ー 2

懸命の防御も虚しくバイ菌さんたちが体の中に入ってきちまったな。仕方がない、こうなったら悪い奴らを見つけ出せ!そして殲滅せよ!

必殺の仕事人、大衆食堂そして料理人ーーーその名は「補体」

体の中に入ってきてしまった病原体から体を守る役を担うものは数多くあるがオイラはその筆頭として補体を挙げたい。あまり聞いたことない名前だよね。補体って字面からは何となくショボいイメージ(オイラの勝手な感想か?だって何かを補っている、補助的なもの、みたいな印象があるじゃない?)を持つが、実はとてもヤバいタンパク質のセットなんだよ。そしてこのタンパク質は大量に体じゅうを巡っている。だから病原体が首尾良く体に入り込んできたとしてもとても安閑としてはいられない。今まででわかっている限りでは補体が悪い奴らを見つけ出す方法、つまりインプットが3通り、そして殲滅の仕方としてのアウトプットが3通りある(将来新しいインプットとアウトプットが見つかるかも知れないが)。これからそれらについて説明していこう。

補体のセットは複数種類のタンパク質からなっている。補体は英語でcomplementと呼ばれる。だからこの補体のメインのタンパク質は頭文字のCを付けてC1 から C9という名前で呼ばれている。(別のアルファベットの名前をもつやつもいるが)そしてC1、C3とC4はバイ菌などの侵入者たちがやってきたことを察知する。つまりインプットを担うセンサーと言っても良いだろう。そして例えばその信号が最終的にC5に伝わるとバイ菌さんなどの表面でC6-C9にドーナツみたいな形が作られてバイ菌さんに穴をあけてしまう!!!イメージとしては機関銃で蜂の巣にされる感じかな?これがアウトプットの一つだが後でまた説明しよう。まずはインプットから見ていこう。

インプットその1 センサーC3

C3という補体の成分は常に臨戦状態にあるんだ。後から話す別の分子なんて必要ない。ステーキ屋じゃないけど「いきなり!」なんだよ。だからちょっとした刺激でもすぐに興奮する。俺に触るとやけどするぜ、みたいな?それはともかく興奮すると色々な分子にひっつく。見回してみると自身の細胞にしろ、バイ菌さん(=悪い奴ら)にしろ、膜に包まれているんだ。体の中は水分をもとにした液体が大部分を占めているので膜でしっかり包んでおかないと生きていくのに必要なもの(DNAとかタンパク質とか)が流れてどっかに行ってしまうだろう?筋肉だって膜に包まれた細胞の集まりで、収縮できるタンパク質をまとめて包んでいるから力が出せるわけだ。一つ一つの細胞を包んでいる膜のことを細胞膜というのだけど、主な成分は脂質、まあ、アブラの一種だな。これだけだとのっぺりしていてほとんど区別がつかないのだけど実際はタンパク質やら何やら、色々な物が細胞膜から突き出している。C3がバイ菌さんの細胞表面に突き出ている分子にくっつくと色々な化学反応が起きてC5に信号が伝わる。そして哀れバイ菌さんは穴を開けられて死んでしまうんだ。C3は自分の細胞にある分子にはくっつかないのかって?良い質問だね。そう、実はくっつくんだよ。でも、それだけだったら健康な自分の細胞もこわれてしまう。それは都合が悪い。そうならないように自分の細胞の周りには補体の働きを弱めるタンパク質がいろいろあって補体に壊されないように守っているんだ。バイ菌さんにはそういう分子は無いからやられちまうんだね。
こんなタンパク質が大量に体中をめぐっているのだからバイ菌さんたちにとっては生きた心地がしないね。それでもそれをかいくぐってくる奴らもいる。そいつらにたいしては別のインプットの為のセンサーが用意されている。

インプットその2 センサーC4とレクチン

色々な物(分子)が細胞膜から突き出しているとさっき書いたが、その多くには糖鎖というものがくっついている。糖ってお砂糖のことかって?お砂糖を作っているグルコースとか、ガラクトースとか、そういったものもふくまれるけどもっと他の色々な種類の糖の分子が時には枝分かれしながら鎖状に繋がっている。これが糖鎖だ。
実はこの糖鎖の種類とか繋がり方が自分らの普通の細胞が持っているものとバイ菌さんたちのとで違いがあるんだ。その違いで悪い奴らの見当を付ける。たとえて言うなら特徴ある派手なシャツ着た人がなんかヤバそうだなって思う感じかな。(外見だけで判断するなって?それは人間社会だけの話だ。)悪い奴らの持っている糖鎖をどうやって見付けているかというと、色々な方法があるんだが一つはレクチンというタンパク質、それが持つ異質な糖鎖に結合する能力を利用しているんだ。
レクチンは元々植物細胞から発見されたもので、一つの分子に糖鎖に結合する部位を複数もっている。そういう特徴を持つタンパク質をまとめてレクチンと呼んでいるので、生体防御に関わるレクチンだけじゃなく自身の細胞内のでの糖鎖の輸送に関わるレクチンも存在するんだけどね。
ともあれ、ある種のレクチンは悪そうな奴らの持っている糖鎖に結合する。そして補体のC4というセンサーがバイ菌さんの糖鎖にくっついたレクチンに反応する。そうなるとここでもバイ菌さんたちはかわいそうな運命をたどることになる。

インプットその3 センサーC1と抗体

悪い奴らの中にはセンサーC3もC4もかいくぐってくる剛の者もいる。これに対抗するのが抗体だ。これについては改めて書くつもりだが、外部からやってきたものにオーダーメイドで作られてそいつにひっつくことができる。自分と異物をとても細かく区別できる優れものなんだ。悪い奴らの細胞の表面に出ているものはどうしたってオイラたちの細胞とは違うものが出ているわけで、こいつを利用して悪い奴らを捕まえてC1のセンサーのスイッチを入れる。こうなると悪い奴らが体の中で隠れているなんてほぼできないだろう?

インプットの後は ー 酵素反応補体祭りだワッショイ!!

インプットされた、悪い奴らが来たというシグナルは補体のタンパク質群に伝えられて酵素による反応が起こるのだが、かなり複雑で面倒くさいのでここでは詳細の説明を控えておく。免疫学の教科書の補体に関する章に書いてあるはずなので興味ある人は自分で読んでみて欲しい。ともかく色々な補体タンパク質が千切れたりくっついたり、それらが他のタンパク質を切断したりと、いわばお祭り状態だよ。自分の細胞を壊さないかようにこれらの反応を抑制するタンパク質もある。また、インプット2と3がインプット1の経路にも繋がっている。ややこしや。
かいつまんで説明すると、このステップでの補体タンパク質は最初は酵素としては不活性だが、他の酵素の作用により一部分が切り取られると活性化して、別の補体タンパク質と一緒になって新しい酵素としてまた別の補体タンパク質を酵素として活性化し、それがアウトプットへと繋がってゆく、そんな流れだ。わかるかな?少なくとも複雑だということはわかるな。

そしてアウトプットその1 ー マシンガンで蜂の巣

最初の方にちょっと書いてあるが、補体が悪い奴らに直接手を下すのがこれ。補体の分子によるお祭りが悪い奴ら、つまり細菌などの細胞表面で起きれば最後にC5という補体タンパクをC5aとC5bに切り分ける酵素ができる。このC5bというのがいわば銃の引き金を引く働きをしていて、C6からC9までの補体分子をかき集めてきて細菌の細胞膜を構成する脂質でできている膜に穴を開けるわけだ。厄介なことに脂質の膜なら見境なく穴を開けられるので、補体の酵素反応祭りが自分の細胞の上でも起こるとどうなるか。センサー1のC3なんかはちょっとした事で興奮してしまう。それで自分の正常な細胞に穴が開いてしまう事になりかねない。そういう事態に押し入らないようにの正常な細胞の上にはお祭り騒ぎを抑える分子があると言うことはすでに書いた通りだ。それでもバイ菌さんたちにとっては必殺「補体」の仕事人ということになる。

アウトプットその2 ー 助っ人を呼び寄せる

補体の働きは悪い奴らに直接手を下すだけではない。酵素反応のお祭りの際、最初Offの状態だった補体タンパク質がその一部が切り取られるとOnになるわけだが、切り取られた方もそのまま用済みになって捨てられるわけじゃあないんだよ。こちらはお祭りの会場を離れて他の細胞を呼んでくる役割を持っている。例えばC5を例にとるならば、OffのC5が切られてOnのC5bできるのはさっき話したとおりだが、切り取られたC5aはそのまま捨てられるわけじゃあなく切り離されたあとに別のミッションを託されるんだ。(無駄がないね。まさに今流行のSDGじゃあないか。)そのミッションは何かと言うと別の細胞をお祭り会場に招待することだ。例えば君らは焼いた鰻とか焼き鳥の美味しそうな匂いがするとその匂いの強い方に向かって歩いて行きたくなるだろう?それと同じように体の中では悪い奴らと戦う色々な細胞たちがC5aという匂いに引き寄せらてくる。君らの体のどこかでたまに炎症が起こることがあるだろうがそれはたくさんの悪い奴らと戦う細胞たちがC5a
やら別の分子によって集まっている状態なんだ。好中球と呼ばれる白血球の一種もここに呼ばれてくるとバイ菌さんたちを食べてしまう。死んだバイ菌の残骸だけでなく生き残ったやつも生きたまま飲み込んでしまうんだ。アウトプット2は大衆「補体」食堂の開店というわけだ。

アウトプットその3 ー 味を付けて美味しく食べてもらう

補体の重要な役割はまだあるぞ。好中球とか大食細胞(名前がベタだがこいつもバイ菌を良く食べる)とかはある種の補体の断片のくっついているものをより効率よく細胞内に取り込む、つまりさらによく食べる。例えばC3の断片C3bは大食細胞にとって極上のソースであるようだ。(ちなみに抗体もいい調味料だよ。)言うなれば大衆「補体」食堂に腕の良いコックがいるというわけ。ミシュランの星をつけてあげたいほどだ。

以上が我々の体を守ってくれる補体の仕事の大まかなまとめだ。これだけでも充分ややこしいが補体反応の詳しい仕組みはとても複雑なのでここではこれ以上は説明しない。C2の話が無い!とスルドい人は気付いたかも知れない。C2だって重要な補体タンパクの一つだが話の流れの都合でここで触れてはいないだけだ。ともあれ補体ってすごくない?すごいよね。なのに名前が「補体」って、ショボいんだよなぁ。(まだ言ってる)
さらにもう少し免疫を勉強した人なら「細かく病原体やタンパク質を区別できる抗体が免疫を担うのであって補体のような大雑把なものは免疫とは言えないのではないか」と思うかも知れない。確かに昔はそういう考え方であったのだが今では免疫の概念が変わってきていて、免疫を「自然免疫」と「獲得免疫」の二つに分けて補体は自然免疫の一つと考えることになっている。オイラがここで補体の説明をしたのはこういうわけだったのだ。

補体の弱点 ー 酒飲みたちの不都合な真実

オイラたちの体を守るため、大量の補体タンパク質が特に血液に乗って全身を巡っているが、補体はとても壊れやすい。なので常にたくさんの補体タンパク質を補充する必要がある。補体はどこで作られるのかと言うと、肝臓なんだ。すなわち(自然)免疫の力を強く保つためには肝臓が丈夫でなければならないことになる。酒をたくさん飲んで肝臓を痛めつけると免疫力が下がることに繋がりかねないワケだ。オイラのような酒好きには都合の悪い話なのかな。まあお酒の量はほどほどにって事だよね。
逆に補体タンパク質だけ多く作るようにできないのかって?うーん、肝臓ってのは多種多様なタンパク質をせっせと作っているが、一般的にはある特定のタンパク質だけより多く作らせるのは体全体の生理作用のバランス(ホメオスタシス)をくずすおそれもあって難しいんだよね。不摂生せずに肝臓を元気に保つのが一番と言うことになりそうだ。

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