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尺八と再び向き合う 〜『割り切れぬ想い』について

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2021年7月2日、The Shakuhachi 5という活躍中の若手尺八奏者5人によるグループの演奏会を聴きに行きました。尺八アンサンブルによる現代の作品を紹介する活動を積極的に行なっているグループで、その活動に共感しています。この公演では普段の公演と違って、各メンバーが独奏曲を演奏し最後にアンサンブル曲を一曲演奏するもので、それぞれの演奏家の個性を楽しむ趣の演奏会でした。若手尺八奏者と言っても、伝統芸能の世界で若手と呼ばれているだけで、十分に実績を詰んだ実力派5人の演奏は充実して、円熟味すら感じるものです。幸運なことにこの演奏会で私の2作目の尺八独奏曲『割り切れぬ想い 〜11の詩句集』(»Trapped in Subdivision« Eleven Strophes for Shakuhachi, 2019)を取り上げていただきました。演奏はメンバー中最も若い黒田鈴尊さんです。

『割り切れぬ想い』は2019年に黒田鈴尊さんの委嘱で作曲された作品です。黒田さんは2019年に文化庁文化交流使として世界の色々な国々をわたって各国で演奏を披露されていました。その中でドイツでの公演も企画されていたのですが、なるべくたくさんの街で公演をしたいということで、当時私の住んでいたデトモルトという人口7万人ほどの小さな町でも演奏の機会を作れないか打診を受けました。黒田さんとは知り合いでしたし、演奏も聴いたことがあって、デトモルトの方々に日本の素晴らしい楽器を聴いていただくまたとない機会と思い、演奏会のプロデュースを引き受けました。演奏会開催にあたって、地元の現代音楽アンサンブルであるEnsemble Horizonte(アンサンブル・ホリゾンテ)の音楽監督イェルク・ペーター・ミットマンさんに相談し、普段彼が演奏会を主催している会場をお借りして、またアンサンブルのヴァイオリン奏者マライケ・ノイマンさんにも共演者として参加いただけることになりました。

そのような貴重な機会に黒田さんから新曲を依頼されて、とてもありがたかったことを思い出します。プログラムには私の新曲があり、現地音大で教えていた私が受け持っていた学生などは私の新作に興味を持って聴きに来てくれたりもしてありがたかったのですが、私にとっては何と言っても日本の伝統楽器の古典音楽をドイツの小さな町のお客様に聴いていただく機会となったことが嬉しかったです。現在と違って、演奏会後のレセプションも普通に行われ、尺八という楽器に興味津々だったたくさんのお客様が残って黒田さんや僕とお話をしてくれました。文化庁文化交流使という制度の素晴らしさを感じました。

『割り切れぬ想い』は私にとって2作目の尺八独奏曲です。2010年に一作目となる『禁じ手』(»Taboo«)を作曲しています。この2曲は、かなり違うアプローチで作曲した曲で、特に『割り切れぬ想い』は通常の日本の伝統楽器奏者の拍節感に対する感覚から離れた西洋的な考え方を取り入れてみた野心がありました。変わったことをしなくても、不思議な時間が生まれる確信があったのです。楽器にとって奇を衒ったことをしないので、しっかり尺八らしく、しかし尺八の音楽にはない時間感覚があるので尺八らしくもない、という音楽が狙いでした。黒田さんが演奏してみた感触がまさにそのような音楽だったようで、我が意を得たりという想いでした。以下は今回の日本初演にあたって書いたプログラム用の楽曲解説です。

『割り切れぬ想い』(»Trapped in Subdivision«, 2019)は私にとって2曲目となる尺八独奏曲である。第1作目となった『禁じ手』(»Taboo«, 2010)は、自由な構成感を持ち、邦楽器奏者の呼吸を阻害しないよう配慮して作曲したが、黒田鈴尊氏による委嘱で作曲した本作は徹底した数列による構成が特徴的で、およそ日本の伝統音楽の思想とは遠い思考から作曲が始められた。これは黒田氏の独自な経歴や、西洋音楽にも明るいと感じられる個性的な演奏からインスピレーションを得たためであったが、生まれた音楽はしっかりと尺八の音色が持つ美観に寄り添い、特異な表情を持っていた。
 一定の長さを持つ持続時間(BPM=66で21拍)をひとつのユニットとし、そのユニット3つ分の長さをひとつの段落とした11の部分からなる。ユニットは大きなまとまりから始まり、次第に細かく分割されていき、音楽は加速していく。曲の中ほどからは徐々に大きな分割へと回帰し、アーチ型の構成を持っている。実際にはユニットを構成する核となる音は細かく装飾されるため、文字通り加速して減速する音楽のようには聞こえないが、それぞれの段落(小曲)を成立させる時間の流れを感じることはできる。短い抒情詩を味わっていくような音楽。演奏家にとっては、小難しい音価の分割作業が繰り返されるため、歓迎し難い想いも湧くかもしれないと、タイトルを付けた。
 『割り切れぬ想い』は2019年に黒田氏が文化庁文化交流使として世界の国々で演奏を披露した際に、ドイツのデトモルトの町での公演のために書かれた。私が当時大学非常勤講師の仕事で住んでいたデトモルトの町は小さく、現代の新しい音楽を聞くイベントも少ない。生活はしていたが、作品は主に他の大きな街で発表していた。黒田氏のコンサートは愛着のある住み慣れた町で自作を演奏していただいた最初のコンサートで、大変嬉しい思い出である。本日の日本初演に感謝したい。

解説で少し触れていますが、数による拍節とプロポーションの操作がこの作品の構成の核です。作曲開始時の原スケッチでは、一行に一音を当てがい、各行の分割を徐々に早くする操作をしています。当てられている一音は開始のG音からなんとなく倍音上をうろつき、その下属音上(C上)の倍音、または下属調の下属調上(ヘ長調)上の倍音に移っていきます。難しく書きましたが要するにハ長調で考えているということです。この短い行のスケッチを順番そのままに作曲すると見通しの良いアッチェレランド(加速)が構成されるだけの曲になります。それはそれでコンセプチュアルで面白いのですが、そういう曲を私は実はすでに何度か作曲しているので、その構成ではなく、順番をジグザグに縫う形にしました。1, 2, 3, 4...と作曲したものを、1, 3, 5, 7と提示し、11まで行ったら偶数行を逆順で戻ってくるという形です。曲が加速してから、段々減速していく構成ができました。この時に副次的に現れる面白い効果としては、属和音の倍音から出発してハ長調を確定させていった順序が混ぜられることで、和音の進行の道筋が少しランダム味を帯びることです。

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(『Trapped in Subdivison』最初のスケッチ)

スケッチではさらに全体の行=63秒(21x3、作品解説より)を大きな一拍としたときに、その拍の分割単位をその横に書いています(スケッチの一番右の数字)。この数字は先に述べた行の序列数を11行目から反対に書いた数字になっています。この考え方をベースにして、各行の分割点にさらに音を割り当てたスケッチが以下のものになります。

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このプランをベースに、各行を尺八の音色やイントネーションに寄り添って表現を探していきました。以下に完成楽譜の一部を掲示いたします。

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(リズム・スケッチを元に楽器に向けて相応しいように書き込んでいったスケッチ)

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(©︎2019, Edition Gravis Verlag GmbH, 販売用楽譜は出版準備中)

今回の日本初演は黒田さんの3度目の演奏になります。2019年に2度演奏していただいた時よりも曲の構成が聴いていて理解しやすく、味わいやすい演奏になっていました。興味深かったのは、The Shakuhachi 5の皆さんが勉強会を開催されて、本公演の演奏曲をお互いに聞き合って、意見を交わしたということです。黒田さんが私の作品に感じていたのとは違った読み手がいらっしゃって、その意見を取り入れつつ演奏してみた、ということでした。黒田さんご自身の解釈も面白く、どちらが良いということでもないのですが、人の耳を通した意見を傾聴することで、音楽作品はまた違った表情を獲得していくものなのだなと改めて感じた次第です。作品が再演を重ねて成長していく喜びを噛み締めました。


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