「自分ごと」で見えてくる
愛知県岡崎市で「橋ふき」をしている人たちがいます。まるで木造校舎の廊下を雑巾がけするように、橋の上をふくという、ユニークな活動です。どんな経緯で始まって、なぜやっているのでしょうか。主宰する宮川洋一さん(52)に聞いてみると、メンテナンスや清掃のボランティア活動とは異なる「想い」がありました。心を込めたものや経験、場所などについてお話をうかがう連載『ココロ、やどる。』。今回は、桜城橋ふきを紹介します。(文・松本行弘、写真・川津陽一)
毎月第4土曜の夕方、桜城橋で
「桜城橋ふき」は毎月1回、第4土曜日の午後5時から行われる。始まる前、宮川さんが自転車で引っ張ってくるリヤカーには、バケツや雑巾、モップなど道具一式が積んである。
しばらくすると参加者が手ぶらで集まってくる。子ども連れのお母さん、一人で参加の男性、学生ら様々。
河川敷におりてバケツで乙川の水を汲む。橋の上に戻り、各自が雑巾やモップを手にして、準備が整う。
岡崎市中心部の乙川にかかる桜城橋は、2020年春に開通した歩行者専用の人道橋。上流の額田地区産のヒノキ材、約6800本が表面にはってある。
欄干に沿って並び、ヨーイドンで橋を横切ってふく。
多くは裸足。雑巾がけに没頭する人、談笑しながらのんびりやる人。
汚れや落書きをこすって消そうとしたり、穴を埋めたり、欄干をブラシでこすったり。
幅19㍍の広い橋の上で約30分間、思い思いに過ごし、最後に両手の親指と人差し指でつくったL字を向き合わせる「桜城橋ふきポーズ」で集合写真。こんな活動だ。
「メンテナンスをきめ細かくすれば、橋は長持ちします」。宮川さんは橋梁を専門とする技術系の愛知県職員。近年は橋を新設する現場が少なくなり、橋梁建設の経験がないまま、難易度の高い橋梁補修の現場をいきなり任されることもあるという。そうした担当者の相談の受け皿として、県職員の有志で構成する「あいち橋の会」を設立し、事務局を務めている。
橋に愛着を持ってもらいたい
だが、メンテナンスは一番の目的じゃない。
「いいことをやろうとかじゃなくて、純粋に気持ちいいんです。橋の上は川の上。風が通って、ヒノキの香りがする。裸足が心地いい。遠くまで眺められる。夕陽や月や星空がよく見える。ライトアップで素敵な空間になる。車が通らないので、安全に広い空間を楽しめる。赤ちゃんもハイハイできる。子どもは楽しむ天才だから橋の上をキャンバスにしてモップで文字や絵を描いて遊んじゃう。あるお子さんが『ここはぼくがふいた橋だよね』と言ってくれた。そういうのがご褒美です」
橋に愛着を持ってもらいたいと、なによりも思う。
「地域の宝」殿橋の危機
2020年9月に活動を始める1年ほど前、少し下流にある殿橋を洗うイベントを企画した。殿橋は1927(昭和2)年にでき、戦時中の岡崎空襲や三河地震なども乗り越えて、今も完成当時の姿をほぼ残している。その橋を取り壊して、新しい橋を架ける構想があった。
「開通した時に市民総出で祝った街のシンボル的な橋。壊したら二度と再現できない。素晴らしさを知ってもらうため、すぐウィキペディアに殿橋のページをつくりました。当時は県の水道事務所に出向中だったので、橋を壊さない提案を担当の西三河建設事務所に持ち込んでみたり、一人の市民として、橋の構想を考える市民会議にも潜入したりした」
結果的に取り壊しはまぬがれ、橋を残す補強工事に計画が変更された。さらに西三河建設事務所に異動して殿橋の担当になった。
「補強工事案は改悪と思えるような内容で、その軌道修正にたいへんな思いをしました。地域の宝みたいな橋も、愛知県にすれば県内約5000ある橋のうちの一つにすぎないのかと思わされた。市民から取り壊し反対の動きもなかった。愛着を持ってもらえば、それが変わるかもしれないと思った」
「使い方で価値を高める」
東京・日本橋の「橋洗い」を知り、「殿橋洗い」を企画した。そんなころに計画されてつくられた桜城橋は「無駄な施設」という批判があった。人道橋で車の渋滞緩和にはつながらない。コロナ禍で人通りも少なかった。
「正直なところ、ぼくも『なんでこんな橋を造っちゃったんだろう』と初めは思った。とことん議論すれば、もっとあの場所にふさわしい、価値のある橋ができたのに。でも、せっかくできたし、橋に罪はありません。橋は100年の設計。つくれば終わりじゃなくて、使い方で価値を高められる」
ふき続けたら発見があった
長崎・出島で市民による「はしふき」が行われている「出島表門橋」の関係者が岡崎に来るのに合わせて、サプライズで最初の桜城橋ふきを開催した。1回だけのつもりが、毎月続き、2023年12月が40回目。
「毎回、参加は10人から20人弱くらいかな。雑巾がけをやってるだけなんだけど、いろんな人とつながって、面白い人たちがかかわると、こんなふうに面白くなるんだと発見しました」
橋ふきの後、その場で、持ち寄った専門知識や興味を語る「橋上教室」を開く日もある。森林の話、街づくりの話、川の話、ゴミの話、星の話……。だれよりも自分自身が、橋への愛着がさらに強くなり、関心や知識、人脈が広がっているのに気づいた。
「橋など、社会を支えるインフラ資産は市民のもので、役所に建設や管理が託されている。つくる人、使う人、管理する人に分かれすぎてしまい、任せきりになって、ギスギスしてしまうことがある。橋ふきで『他人ごと』だったのが『自分ごと』になる。そんなところに、これまでのやり方を超えるヒントがあるのではないかとか、続けてみたら、見えていなかったものが見えてきた気がする」
力まず「自然に続けたい」
橋ふきはメディアにも取り上げられ、遠くからわざわざ訪れる参加者や、授業で橋にやって来て実際にふいてみた小学生も現れている。手ごたえはあるけれど、宮川さんは力まない。
「初めのころ、取材に『いつか100人並んで』とリップサービスで話しちゃったこともありますが、そういうのが目標じゃない。運営する負担が大きいと続かない。別にぼくがいなくてもできちゃう、みたいなのが一番いいんじゃないかな。自然な形で、なんか知らんけどふいている、みたいな方が素敵だな」。
だれでもふらっと時間に行けば参加できる。桜城橋の上で待っている。
石材店は心を込めて石を加工します。
主要な加工品である墓石は、お寺さまによってお精入れをされて、石からかけがえのない存在となります。
気持ちや経験などにより、自分にとって特別な存在になることは、みなさんにもあるのではないでしょうか。
そんなストーリーを共有したい、と連載『ココロ、やどる。』を企画しました。
有限会社 矢田石材店
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