【連載小説】4つの頂点と辺 #12

第3頂点(1)

森下家の長男・薫氏が失踪して一ヶ月が経ったが、未だに続報はない。

マスコミもあれやこれやと報道していたが、徐々に森下家に関する報道は少なくなっていった。森下家の長男の妻を追いかけ回していたマスコミだが、新しい情報は何もないし、森下家の母親をメディアに引っ張りだすこともできなかったため、だんだん飽きてきたのだった。

しかしそのマスコミ報道ラッシュの余波は未だ強く残っていて、失踪した森下家の長男・薫氏の妻は、何の根拠もなく「夫の不在にかこつけて性欲を満たす淫乱女」などという不名誉なイメージを付与されてしまい、彼女の住んでいるアパートにはそれを信じこんだ住民たちから

「出テイケ」

「スベタ」

「変態女が棲んでいマス」

などという張り紙をドアの入り口や窓にベタベタと貼られる始末だった。

薫氏の妻の姿は、ときどき近所のスーパーマーケットで見かけた。あるときはマスコミのカメラを何台も引き連れていた。

「煙を撮りたいときはどこからでも火を起こすのだ」
とテレビ局に勤める知り合いが冗談半分で言っているのを聞いた記憶があるが、彼らは本当にどんなところからでも入り込むし、取材ができなければ勝手にでっち上げる、ということを今回は大いに学んだ。恐ろしいことである。

おそらく彼女にとって義理の母親との同居は心苦しいものであったに違いなく、彼女は夫が海外出張から帰るのを心待ちにしていただろう。しかし、火事によって同居は解消できたものの、新たな地獄めぐりをしているのに変わりがないようであった。

 「延々と続く姑との同居生活に耐えかねて、長男の嫁が火をつけたのではないか?」
と私は疑ったこともあった。そういうことは誰でも思うらしく、それを事実であるかのように報じたひどい番組もあった。しかし警察が動いていないところを見ると、その線も薄いのだろう。

私は彼女に同情していたが、人並みに好奇心もあった。

というのも、その長男の嫁というのが美人なのだ。なぜかとても惹かれる顔つきをしている。
私は犬の散歩コースに、彼女が住む「新・森下家」と呼ぶべきアパートを加えて、興味本位に情報収集をすることにした。少しでもお近づきになれれば、というのがホンネなのだった。妻が知ったらなんと思うだろうか。今度こそ怒り狂うかもしれない。しかしその機会は永遠に訪れることはない。

いつか、などと淡い期待を抱いていたが、お近づきのチャンスは思いのほか早く訪れた。


> 第3頂点(2)につづく

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