バビロンのデイライト(第1章の8)

 実は明日、と代々木上原課長が言った。
 明日には発表になるが、ドライムスについて、重大な発表がある。その発表は、あまり好ましからざる方向のものだ。/欠陥ですか?/いや、正式には製品の欠陥ではなく・・・製品の話でもなく・・・どこかの偉い教授が、非公式に、ドライムスについて発表することになっている。社長が昨日、リークしてきたのだ。

 代々木上原課長は重々しく言ったが、話が抽象的に過ぎたために、何を言っているのかまったくわからなかった。それは、彼がほぼ何も知らない、ということを意味していた。
 
 しかしだ。それで商品が売れるなら、やるしかないだろう。商工会議所の連中がゾイドやらソニーやらに流れる前に、何としてでも売りつけるんだ。言うまでもないことだが、うちのコンバータは規格を選ばない。ソニーとゾイド、二大陣営の戦争によって儲ける。戦争があるからこそ儲ける。あいつらが規格戦争で争っている間に、漁夫の利を得る。戦争で儲ける。それがペガサスのやり方だ。
 
 バカめ。町田は思う。学生が面接前に週刊ダイヤモンドを読んで丸暗記したようなことを言うんじゃないよ。それに、今、彼が言ったのは、我がペガサス電機の社長が、毎朝社員のドライムスに送ってくる「社長からのみことば」の中のフレーズじゃないか。そんな浅い引用ソースで説教を垂れないでくれよ。
 
 さらに悲しくなることに、代々木上原課長は「二重構造型思考」もできていないのだった。今や新入社員の百パーセントができることを、課長ともあろう人ができないだなんて・・・。単層構造の思考こそを良しとして昔を懐かしむ連中がいるが、その懐古趣味のせいで(!)あの震災から以降、いくつの大企業が消えていっただろうか?
 
 あの社長が本当に、ペガサス電機を二大陣営の戦争によって儲ける会社であるなどと明言すると思うのか?

 そんなわけねーだろ!
 
 社長はドライムスのアカウントを世界中にオープンにすることで、逆に自分の二重構造型思考を隠してしまった。木を森に隠してしまったわけだ。
 ペガサス電機の社長ほど、業界に注目されている人はいない。何しろ、当初は誰もがすでに終わった分野とみなしていた「人工知能」を搭載したナノマシンの開発で、震災処理(具体的には「樹」と「根」の処理)で成果を上げたかと思えば、「ドライムス・コンバータ」という画期的な製品を世に問い、あっという間に、ソニー、ゾイド両陣営の向こうを張って、一気に世界に進出してしまったのだから。日本のものづくりかくや、という文脈で各メディアで礼賛されるが、肝心の社長の動く姿を見た人間はほとんどいない。

 町田のような末端の社員からすれば、社長が生きているかどうかもわからないし、そもそも実在するのかどうかもあやしい。社長は毎朝「社長からのみことば」を送ってくるだけの存在にすぎないが、同時に自分の生殺与奪の権利を持っているのも事実。
 
 ペガサス電機のある役員は、社長についてこう述べる。

 いると思えばいるし、いないと思えばいない。いるとなったらいることになるし、いないことになればいない。いないとなっても次の瞬間にいることもありえるし、また次の瞬間にはどこにいるかはわからない。いるかどうかは、どこかにいないかどうかにかかっている。
 
 代々木上原課長は、町田の「二重構造型思考」に気がつくこともなく、説教を続けていた。

(つづく)

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バンド「ツタン」のボーカル/会社員/自作曲のアップ/小説など書く/読み物サイト「ヤトミックカフェ」の主催など http://www.yatomiccafe.com/

バビロンのデイライト(連載小説)

「バビロンのデイライト」という長編小説の、第1章のみを全10回に分けて連載いたします。
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