見出し画像

『新歴史・時代小説家になろう』第6回「古文書類を解読できなくても歴史・時代小説が書けるってマ?」

【PR】

 商業で歴史・時代小説を書いているとカミングアウトすると、世間の皆様がなぜか羨望のまなざしをもってわたしを見つめ、決まってこうやって誉めてきます。

「ってことは、あのミミズののたくったような字を読めるんですか! いやぁすごいですねえ」

 ミミズののたくった……。もしかしてそれ、江戸時代などの文書類のことでしょうか。
 そして、どうやら世間では、歴史・時代小説家が「ミミズののたくったような」文書を相手に仕事をしていると思われているようだ……、ごくり。
 というわけで、本日はこの話題で行きます。
 「歴史・時代小説を書く際に、古文書類は読めたほうがいいのか?」

わたしの話をしましょう

 落第生とはいえ、わたしは歴史学科を卒業しています(専門は考古学ですが、卒論は江戸後期の好古趣味と尊王論をまとめた、メタい研究テーマを材に取っていました)。うちの大学は歴史学科がかなり盛んでして、大学のカリキュラムもかなり充実していた模様。考古学専攻であっても史料講読や古文書読解といった基礎的な講義を受けることができました。
 そしてわたしはというと、(卒論のテーマに係わることもあり)近世文書と江戸期の疑似漢文であれば、嗜む程度に読むことができました。とはいってもですよ、すらすらなんて当然読むことはできず、電子辞書、崩し字事典、漢和辞典などなどを横に積み上げて、ひいひい言いながら解読、読解していましたよ。
 とはいえ、ここのところ、古文書の解読についてはかなり腕が鈍っている感じがあります。疑似漢文はまだまだ現役で(時間はかかりますけど)読めますが……という感じです。

古文書の解読はあんまり創作の現場では使いません

 わたしの経験を申し上げれば、古文書類の解読(=ミミズののたくったような字を一文字一文字同定してゆく作業)は歴史小説や時代小説の執筆に際してはあまりやりません。全くないとは言いませんが、年に数回あればいい方なんじゃないでしょうか。
 わたしが時折古文書類の解読が必要になるのは、たまたま参考にしたい古文書類が翻刻(=ミミズののたくったような字を活字にすること)されていない場合です。それこそ、江戸期のマニアックな木版本から情報を抜き出したいときくらいですねえ。
 もちろん学問として歴史に向き合う場合はできる限り原資料(古文書類)から当たりなさい、ということになるのではないかと思いますが、創作でのアプローチの場合、「まだ誰もその史料を翻刻していない場合」や、「先人の翻刻に疑義がある場合」に古文書類を読むことになる、という形になるでしょう。
 これもどういう小説を書きたいのか、という話になるのですが、たとえばあなたの家に伝わる未発表の古文書類をもとに小説を書く、ということであれば、何らかの方法でその古文書類を解読しなくてはなりません。先にこのエッセイでご紹介した歴史ミステリなどもそうでしょう。あのジャンルは史料を突き合わせてアクロバティックな歴史解釈を披露するエンタメという側面があるので、場合によっては古文書類を解読するところからスタートする必要が出てくる場面があるかもしれません。けれど、扱う歴史的事象が一般的な物事(たとえば織田信長を主人公にするとか)である場合、翻刻はおろか、研究者の書籍や一般向け解説書まで出ている場合が多いので、そうした書籍を参考にしたほうがよろしいのではないでしょうか。

せやかて工藤、という話

 これ、小説一般について言えることなのですが……。

 古文書を読めるスキルというのも、まさにそれです。
 あって邪魔になるものではないですが、作風によってはなくても困るものではありません。
 小説を書くに当たって、「必修」なんてないんですね。

 ただ、古文書類を自分で解読できると、ちょっと見識が広がります。
 以前、

 隣の家に竹鉄砲を打ち込んで戸を壊した件で隣家と(今でいう)民事裁判にまでなったものの、当事者間での示談が成ったのでこの訴えについては取り下げさせていただきます。

 という趣旨の近世文書の控えを読んだことがありました。
 えっ、ってなりましたよわたしも。
「竹鉄砲!? もしかして必殺仕事人シリーズに出てきた、一発撃ったらおしまいな種子島銃のことですかー!」と。
 まあ、調べてみたところ、竹の節を抜いてやったものに石を詰めて振り出すことで、遠くまで石を飛ばして鳥を威す農具だったのですが、谷津はこの古文書を解読することで「竹鉄砲」なるものの存在を知ったわけです。
 古文書類を読めることで、マニアックなことについて書くことができるようになるというのも事実と言えば事実なので、読めるに越したことはありません。
 けれど、読めなかったからと言って、そんなにマイナスになることでもありません。
 古文書が読めたほうがいいか――。創作の現場においては、

武器にはなるけど必修ではない

 くらいの距離感のスキルだと思っていただければ幸甚です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?