オリエンタル・リベロ〜1968年メダリストになり損ねた男〜

※以下の記載は事実と虚構が玉石のように入り混じってた長文です。

『オリエンタル・リベロ〜1968年メダリストになり損ねた男〜』
2023年9月9日。ドイツのヴォルフスブルク。フォルクスワーゲンアリーナ。
日本はドイツとのアウェイゲームを4-1で勝ちきった。
そして世界は日本サッカーに驚嘆の声を抑えられなかった。

55年前の1968年10月24日、日本サッカーが世界を驚かせた最初の出来事。
五輪開催国のメキシコを2-0で完封し銅メダルをもたらした。

だが、その大会で代表に選ばれた選手の1人が非公式ながら後年に述懐した一言がある。
「あいつがいればもう少しいい色のメダルを持って帰れたのに」

自分もこの歳になると体に不調を抱えがちになり、病院通いするようになってくる。
待合室でよく出くわす、自分の親父くらいの歳の爺さんといつの間にか友達になってたりする。
娘さんが年恰好近いというのもあるんだろうが、家が帰り道にあるので車で送ったりする。

爺さんは中学卒業後、昼間は石灰なんかを扱う商店で働きながら高校の夜学に通っていた。
小さい頃から足が速かったのが唯一の取り柄だったと自虐していた。
夜学時代に友達数人で、授業が終わると体育倉庫から失敬したサッカーボールを蹴って遊んでいたという。

彼は夜学を卒業後、故郷を離れて製鉄所に勤める事になった。
製鉄所の陸上部に入ろうとしたが、入部テストに落ちた。
捨てる神あれば拾う神あるとは良く言ったもので
サッカー部の監督が彼の脚力に目をつけて、彼は本格的にサッカーを始める事になった。

彼の脚力の特性は短距離だが、出足の初速でタイムを稼ぐタイプ。
トルクは抜群だが加速が伸びない脚質だったそう。
その脚質は、陸上の短距離走では物足りないが
サッカーという競技では、得難い資質だとサッカー部の監督は捉えたようだ。

サッカー部に入って練習に参加したら、ボールをしっかり止めて蹴るという基本がしっかりできていた事に先輩部員は驚いていたそうだ。
監督は彼をバックス、いわゆるディフェンダーとして起用する事に決めた。

石灰の袋を担いで鍛えた体幹はとにかく強靭で、決して大柄とは言えない体格でも当たり負けはしない。
ストライカーにシュートを許す前にコースの前に現れる。
日本のエースと呼ばれたフォワードの選手も彼の存在を随分と嫌ったようだ。
「アンタほどオレにまとわりついてきたヤツも世界にはいなかった」
後にこう評されたと聞く。

親善試合で日本代表に招集され、海外のチームと対戦した際には
俊足と強靭な身体、そして経験で得た勝負勘で対戦相手のシュートチャンスを
ことごとく潰してきた。
そして、海外のチーム相手に勝ち越しのゴールを奪ったのも彼だった。

「相手の足がだんだん止まってくるけんな、たまには目立った事したくもなるやねえか。だけん相手からボールを取ってそんままゴールまで走ってみたんや」
「おいさんアンタ皇帝ベッケンバウアーかい!」
「ボールドリブルしながら走りよったら、だんだんメートルが上がっちきてなあ」
「パス寄越せっち言われたやろ……」
「全然聞こえんかったけんそんままシュート撃ったんや。したらキーパーが逆に横っ飛びしてそんまま点取った」

1968年時点での欧州ではディフェンダーの攻撃参加は珍しいものではなかったが、ベッケンバウアーが『リベロ・システム』を構築し認知されるのはまだ数年後の事となる。
ただこの時期の日本サッカーにも、リベロの原型があった事を知る者は多くない。

だが、メキシコ五輪代表に彼の名前はなかった。
当時の監督の戦術からすれば、許されないプレーをやってたからだろう。
19歳で成り行きとは言えサッカー選手になって9年、当時28歳くらい。
代表落選を告げられた日、彼の妻は2人目の子供の妊娠を産科医に告げられたと言う。

30代初めくらいの頃に膝の故障からサッカーを諦め、故郷の土地にできた製鉄所に転勤し、一人娘だった妻の苗字を名乗り入婿になって妻の実家で生活をする様になった。

いつの間にか病院で見かけなくなった爺さんの行方は、新聞のお悔やみ欄で知る事になる。
爺さんの旧姓は偶然かそうじゃないのか知らないが、今の日本代表に同じ苗字の選手がいる。
球際に強く、出足の瞬発力が高く、局面によっては大胆なプレーで相手を撹乱させる。

強い者が勝つのではなく、勝った者が強い。
皇帝ベッケンバウアーの至言。
優勝劣敗ではなく適者生存を言い表わすのにこれ以上相応しい言葉はなかろう。

もし、この爺さんが28歳当時にメキシコでエースキラーっぷりを発揮していたら、金偏じゃない色のメダリストに名を刻んでいたかも知れない。

『オリエンタル・リベロ〜1968年メダリストになり損ねた男〜』終わり

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