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絶神のエデュシエーター 絶対なる風 6

「闘神の座を、受け継いだ…?」
「そうだ。魂の鼓動が違っている…つまり、死者が蘇生するなどという奇跡は、これしか無い」

 大賢者ユグドルは語る。

「これについては、まずそこのルナについても語らねばなるまい。儂が知っている要素は、彼女が“闘神”に並ぶ力をかつて持ち、そして暴走していたということだけだ。しかし、その力が失われた百年後の今にルナが目覚め…ぬしがゲイルを蘇生させた」
「そうなの?」
「そうだ。これは闘神の持つ一度きりの契約…『継承』にあたる。百年後に器でなくなった力を、次の闘神に継承させることで、新たな闘神が生まれるのだ」

 新たな闘神。
 ゲイルは全くその自覚がなく話を聞いていた。
 絶対なる力を持つという闘神、その絶対なる力というものに今の所一切の自覚がないからだ。
 ユグドルの語るところによれば、どうやら継承を終えた他の闘神というのが、あのアルマドラゴンということになるが。

「うーん…その『前』の闘神ってのは、ルナみたく生きてる人なの?」
「いいや。基本的に死ぬか、死んでいる。継承の後に蘇生の奇跡の効果が切れるケースと、器がすでに消え、闘神の力のみが新たな器を探しているケースがあるが、いずれにせよ前の器は死んでいるのが基本だ」
「……」
「ただ、彼女は死んでおらん。確証は無いが、契約方法が特殊だったのだろう。或いは——」

 そう言いかけて。

「いいや、これはいいか。ともかくゲイル。ぬしは新たな闘神となったわけだ」
「いや、闘神になったと言っても——」

 そうなると、どの闘神になったかというのが問題だ。
 闘神には十二柱もの数があるが、基本的にその特徴というのは決まっている。

 天神ゼクス。  天雷、嵐の神。
 縁神ラヘユノ。 縁結び、契約の神。
 機神テウアー。 機械、機構の神。
 疫神ポロネア。 病、疫病の神。
 火神バルクヌ。 熱、火炎の神。
 水神イドゥン。 水、治水の神。
 力神アルマ。  力、剛力の神。
 撃神ダイアル。 予測、占いの神。
 木神ケテル。  植物、豊穣の神。
 幻神ウェデロ。 幻、朧の神。
 転神メルヘリウ。空間、亜空の神。
 守神ティア。  守護、護法の神。

 闘神は過去、この十二柱が降臨し、栄華の限りを尽くしたという。
 つまり、この過去の闘神の子孫が今この世界…『世界葉(ワールドリーフ)』に棲む生命達だ。
 闘神はこの十二の種類のとおりに、生命に用いることのできる力を残した。
 それこそが神力。
 それこそが神術である。
 これは直径の子孫であれば更に強力に残るという。

 つまりは、上記の通りの十二通りの種こそが、神術に対応した『属性』ということになる。
 ゲイルは以上のうち、人族には珍しい力術、転術、撃術を扱うことができるのだが——

「結局俺は、どの闘神なんだろ?」
「そればかりはなんとも言えんな」

 少なくとも、力神アルマでないことは確かなのだが、それだけである。
 転神メルヘリウか、撃神ダイアルか。
 いずれにせよ、それっぽい力が使える気配はない。

「尤も」
「尤も?」
「多くの闘神は、闘神を引き継がせるために蘇生の奇跡を行う。それは闘神を擁している国ならば、意図的にも行うことができるだろうことだ」
「じゃあ、あのアルマドラゴンもそうやって生まれたってこと?誰かに殺されて?」
「いいや。アルマは竜など跡継ぎには選ばん。軍帝国アルマエルが有るからな」
「あるまえるー?」

 ルナが疑問を浮かべる。
 確かに聞き慣れない土地のはずだ。

「アルマエルというのは、力神アルマの子孫で軍兵を固めた文字通りの『軍帝国』のことだ。強大な人族を率い、他の種族を辱める選民思想を持ち、強大な力術を振るう。粗暴な蛮族の国とも言えるが、その上流階級は確かな武威と叡智を誇っていよう」
「えーっと、つまり?」
「強大な国ということだ 」

 軍帝国アルマエル。
 大陸世界葉の北西を締め、強力な侵略を行う帝国領土。
 大水理イドゥヌスともう一つの大国…祈祷地ティアーズに挟まれているため動きが盛んでこそ無いが、闘神を用いて侵略を行うことにかけては、他の追随を許さない国家と言えた。

「じゃあ、アルマドラゴンの存在は…」
「恐らくイレギュラーじゃな。何らかの手違いで継承を逃したと言える。竜種が継承を得ているのも不自然だ…自然継承で死骸が選ばれたか」

 竜種は、その存在が希少視される強大な種族である。
 絶対数が少なく、代わりに強大な力と命を持つ魔物。
 竜人種が人族との異類婚姻譚から生まれたという説もあり、詩人の一説にはロマンティクスの象徴とも謳われるが、基本的には食物連鎖の頂点だ。
 覇権を握らせれば、先にゲイル達三人が味わったような災禍をもたらすことは、日の目を見るより明らかだった。

「あ、それだったら…戦って気づいたんだけどさ、あのアルマドラゴン、体の動きがぎこちなかったんだ。下手に動かしてると言うか、身の丈に合ってないと言うか」
「それは力神ならばままあることだ。力神は力の神。その力術に応じて身体も肥大化しよう」
「いや、それだけじゃなくて…こう、ままごと?俺を舐めてたのかもしれないけど、動きにそんな印象を受けた」
「……」
「変なこと言った?」
「いや、有りうることかもしれんな。竜種は子供であろうが力の器は広い。案外、何者かが竜種の幼児を継承のコマに使ったのかもしれん」
「少なくとも、アルマエルが不穏な騒ぎになってるのは確かってことかい」

 となれば、少なくとも、アルマエルの行軍派遣が起こっている可能性があった。
 少なくとも同じ人族でなければ、闘神を制御など出来ない。
 自らが撒いた火種だ。
 これを始末するために、多数の斥候や兵を遣わしていることだろう。

「こいつを追いかけていけば、ドラゴンには辿り着けそうでは有るねぇ」

 アギルタが知恵を得た顔で呟く。
 詩人とのコネを持つアギルタの情報網は、生半可な斥候をも上回るという。
 その表情には自信があった。

「しかし、問題はどうやってあのドラゴンを倒すかってことだけどねぇ」
「そこだよね…俺、闘神の自覚とか無いし」

 ゲイルに闘神の力の覚醒の兆候は見られない。

「これってよくあることなの爺ちゃん?なんか知ってそうだけど」
「普通ならば無いことだが、そうだな…案外、ぬしの意思次第かもしれんぞ?」
「??」

 意味深な事を言うユグドル。
 その笑みは下弦の月のごとく浮かび上がり、面白いネタを見つけたと言わんばかりの悪巧みの様相を呈していた。

「爺ちゃん!」
「おっと悪い悪い。そうじゃの、思い浮かぶ可能性が有るとすれば…」

 ルナを指差す。

「へっ?」
「このもの、ルナは無垢だ。蘇生の奇跡を、闘神とは一切関係なくぬしのために捧げた。故に直後の覚醒は起こらなかったのではなかろうか?」
「……」

 無垢。
 ルナはまだ外の世界を知ったばかりの少女だ。
 自らが闘神であっただとか、それゆえに巻き込まれた運命などというものに、本来は翻弄されるべきではない存在だ。
 少なくともゲイルはそう思った。

「このまま何もしなければ、何もかも関係なく日々を過ごすことも出来ようて」
「おじいちゃん…」

 そうだ。
 ルナは優しいのだ。
 自分が暴走していたとはいえ、何をしていたか知った時に、謝れたことを知っている。
 しかし。

「んーん。わたし、どうにかしてあのドラゴンをおいたいの。みんなのために」
「そうなのか?」
「そうなの」

 しかし、ルナの意思は揺るがない。

「めざめてから、さいしょにかかわったひとたちだから」

 それだけでも、いや、それだからこそ。
 理由はとしては十分に過ぎたのだ。

「そうか。歪みのない、愚直なまでの精神。称えるべきであると同時に、戒めるべきでも有る。しかし…」

 そう、素晴らしき心だ。

「思うがままにすると良い。尤も、犬死にするようでは誰も彼もうかばれんがな」
「うっ…!」

 ゲイルが胸を抑える。
 足止めは成功したとはいえ、犬死した本人である。
 その胸中はは計り知れない気まずさに満ちているに相違なかった。

「それで馬鹿息子よ。手立ては有るのか。武装は?」
「…無いです。剣も折れました」
「やれやれ」

 情けない。
 そう毒づくと、ユグドルは部屋の片隅から、ひょいと大きな石剣を持ってきた。
 身の丈ほども有る長さの、物騒にぶっきらぼうとした雑把な剣であった。

「これを使え。大迷宮から『証』は取ってきたろう。報酬だ」
「やりぃっ!」
「但し、この剣だけで勝てると思ったら大間違いだ。見極めねばならん」
「何を?」
「ぬしが“闘神”としてどう戦うか、見極めさせてもらう」
「ってことは…」
「最後の模擬戦じゃ。付いて来るが良い。ぬしたちもだ」

 ◆

 ルナとアギルタに手招きをし、別の部屋へと誘導を行う。

 その後にたどり着いた部屋は大堂であった。
 迷宮で言えば、『番人』が待ち構えているであろう部屋。
 無論世界樹にも番人はいるのだが、これは番人の認めたもの相手には姿を表さない。
 ゲイルは知っていたが、迷宮内部を見渡す余裕が先程はなかった二人は、この大部屋に荘厳なものを感じていた。

「ずいぶんと広いねぇ」
「すごーい!」

 対するゲイルは、目の前で一本、杖を構えるユグドルに対し、警戒心を離さず、距離は離し対峙していた。

「部屋を満喫するのもいいが、女子供は下がっていると良い。巻き込まれるぞ」
「一応俺も子供なんだけど?」
「免許皆伝者を小童となぞるような趣味はない」
「じゃあ馬鹿っていうのやめろよ爺ちゃん!」
「くくくく、性分よ」

 趣味が悪かった。
 大賢者ユグドルとはこういう人物である。

「はーいユーグの爺さん、離れたよ」
「ゲイルー!がんばってー!」
「うん、任せといて。今日こそギッタンギッタンにいわせてやる」
「ぬしが闘神に覚醒すれば嫌でもそうなろうが、そうならねば儂が負ける道理はないぞ」

 何故ならば。
 その言葉を合図に、ユグドルは踏み込んだ。
 消える霞のごとく軸足を刻み込んで、ゲイルの剣の間合いへと飛び込んだのである。

「!」

 縮地である。
 縮地とは戦士の技術、卓越した重心移動で一瞬で最高速へと達する『霞』の歩法。
 その原理は武装を加味した自重の落下運動に有り、理論上『落ち続ける』ことで、容易に最高速を出し続けることができるのだ。
 無足の法とも呼ばれる研鑽の極地。

 更には極まった縮地は落下運動をそのままに、重心の位置座標の水平を保つため、相対者に接近を悟らせない目の錯覚をもたらすことがある。
 技能による幻影。
 これらの源流は東方の霞の民より伝来したとされ、それを完全にものにしているユグドルの動きは、やはり常軌を逸していた。

 賢者の本気の移動を垣間見るゲイル。
 しかし一瞬で肉薄されたとはいえ、戦闘態勢にはすでに入っている。
 縮地に対し瞬時に片足を半歩下がり、仁王の如き構えへ移ると共に剣の柄を突き出す。
 柄底である。

「ふんっ!」

 これに対し杖の半回しによる上受けをもって、ゲイルの柄打ちを巻き取っていく。
 流し受け、円流ともされる一連の動作。
 人間の重心運動は、丹田で制御されることによって常人の何倍もの許容範囲を見せる。
 要するに、自らの真の間合いに踏み込んだ上での受けは、重みが違うのだ。

「そらっ!」

 対するゲイルも、柄打ちを巻き取られたことを受けて、重心を取り戻すことを併用しての零距離への接近に移った。
 筋肉の膨張、一瞬の硬化の制御により、ユグドルの接近の勢いを逆にダメージとする鉄山靠を起動する。
 身体性能ならば、老人よりも若人のほうが勝る。
 それを利用しての渾身の逆体当たり。

「甘い!」
「ぐげっ!?」

 に対しての寸勁である。
 生中な攻撃を行うと踏んでいたゲイルは油断し攻撃を喰らい、筋肉を緊張させながらも吹き飛び、着地までに一瞬の隙が生まれた。

「神術円」

 ユグドルが円陣を起動する。
 今回のその構成は二つ。
 背に浮かぶ大きな陣形と、その陣形の中を更に回転する構築円。
 魔法陣の中に魔法陣を仕込んだ、いわば複合円という形態だった。

「受けてみよ」

 次の瞬間、ゲイルの足元と天井から、時間差で木の根の槍がゲイルの居た空間に突き刺される。
 その鋭さはまるで獣のあぎとの如く。

「食らうかっ!」

 その時間差の間に空中の隙間に飛び込み、きりもみになりそうなほどの勢いで、空中より石剣を一閃し、木の根のアギトを切り払う。

 初めて扱う武器ではあったが、ゲイルとの相性は折り紙付きだ。
 むしろ前扱っていた鋼剣よりも重く、鋭い。
 重さはゲイルにとって武器であった。
 そう、重心運動を武器とする重剣士。
 その得手は筋力と自らの一撃の重さに何よりも重きを置いている。

 しかし、それを本命打に使わせぬのがユグドルの策略である。

「ってぇ!?」
「ふん」

 すでにユグドルは再度ゲイルの元へと接近していた。
 木の根のあぎとは視界のカモフラージュ。
 最強の円術師であるユグドルは、規模的術式の発動と並行して肉弾戦すら容易に行う。
 身体強化や外界に影響を及ぼさないたぐいの神術ならともかく、これが出来うる術師はそうは居ない。

「だから甘いと言っている!」

こぉん。

 杖に顎を揺らす一撃。
 ゲイルの僅かな隙に明確に突き刺さる浸透は、ゲイルに泡を吹かせるには十分すぎた。

「ふげぇ」
「やはりまだまだ甘い」

 大賢者ユグドルは、そう。
 肉弾戦に置いてすらもゲイルより強いに過ぎなかった。

お金があると明日を生きる力になり、執筆の力に変わります。 応援されたぶんは、続きを出すことで感謝の気持ちに替えられればなと思っています。 自分は不器用なやつですが、その分余裕の有る方は助けてくだされば幸いです。