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サバンナの象のうんこ

以前紹介した短歌の感想。



サバンナの 象のうんこよ 聞いてくれ だるいせつない こわいさみしい



「ああこの人はセンスがいい」と思った。
この短歌は一見バカバカしい歌に見えて、まったくそうではない。

自分の苦悩や辛さといった本音は、多少親しい程度の人間には打ち明けられない。
だけど、それは誰かに聞いてほしい。解決してくれなくてもいい。けど聞いてほしい。たとえそれがゾウのうんこでも。

そんな短歌だ。


これを見たとき、イシデ電「月光橋はつこい銀座」のとあるシーンを思い出した。
病気で意識が朦朧とした祖父に対して、悩みを抱えたの女の子が愚痴をこぼすのだ。

これと同じシーンを穂村氏は短歌で表現した。しかも「ゾウのうんこ」で。



...とそんな感じの感想を抱いたんだけど、対談を読んでみると

(穂村)短歌の場合、悲しいとかさみしいとか言っちゃいけないという暗黙の了解があって、「悲しい」と言わずに悲しさを伝えなければダメだということになっているんです。
「サバンナの象のうんこ」に関しては、その逆をやろうと思って、「だるいせつないこわいさみしい」と言うだけ言いまくったらどうなるんだろうと思ったんですよね。

だってさ。

何か見当違いな感想を抱いちゃったな。

でも、これもひとつの感想なので、しっかり残しておこうと思った。

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