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【分布意味論時代の歩き方3パス目】20世紀までのAI概念は、21世紀以降のAI概念と何処が違うのか?

私がChatGPTに触れて最初に思い出したのが柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」のこの場面。

柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」
柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」
柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」
柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」

1980年代における人間の認識の最先端はこんな感じだったのですね。ヒロインの財部早紀は交通事故で植物人間状態に陥った娘をマッドサイエンティストの父が人工知能を埋め込んで蘇らせた存在。

柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」
柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」
柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」
柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」
柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」

当時の想像力の限界で人工知能NOVA7000の本体は僻地の別荘の地下を埋め尽くす巨大なメインフレーム群で、早紀本体とは彼女の持ち歩くスポーツバックサイズのリモート中継器で接続。

柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」
柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」

大変興味深い事にこのNOVA7000には電話して直接会話する機能も搭載されていました。

柴田昌弘「フェザータッチ・オペレーション(1982年~1986年)」

そう、SF小説の世界に人工知能が登場するのはパソコン、それ以前に人間がキーボードで入力してプリンターやモニター経由で出力を得るインターフェース概念を獲得する以前まで遡ります。当時人工知能といったら、人間の脳のメタファーで人間型端末の頭脳(例えばアイザック・アシモフの量子頭脳。中身は完全にブラックボックス)か、巨大施設に収まるメインフレーム群で、いずれのタイプも人間とは言葉で直接会話を交わすのが普通と考えられていたのでした。

横山光輝「バビル2世(1971年~1973年)」
横山光輝「バビル2世(1971年~1973年)

映画「スタートレック IV: 故郷への長い道(Star Trek IV: The Voyage Home, 1986年)でも、過去にタイムトラベルした乗組員がパソコンのマウスをマイクだと思って掴み上げて音声で命令を下そうとしてしまいます。そう、スタートレック第一作「宇宙大作戦」が放映されたのが1966年から1969年。一方、ダグラス・エンゲルバートが『マウスの誕生日』1968年12月9日の伝説のプレゼンで初披露したのはX軸Y軸それぞれ円盤を回すタイプ。ボールマウスが登場して世界に普及したのはあくまで1970年代に入ってからで、以降も「スタートレック」の世界観にそれが登場する事はなかったのです。

ダグラス・エンゲルバートが1960年代に開発し、1968年12月9日に、「すべてのデモの母」として知られるデモを実施したoN-Line System (NLS) で開発されたものが現在のマウスの始祖とされている。12月9日は「IT25・50」シンポジウム実行委員会によって、『マウスの誕生日』として記念日に制定されている。

エンゲルバートによる原形はX軸とY軸それぞれの円板が床と接触するもので、1970年代にはボール式マウスが開発された。類似した装置としてはトラックボールが同様に1960年代には存在している。

上掲Wikipedia「マウス(コンピューター)」

こうした当時の過渡期的状況を視野に入れると、上掲漫画の記述に引っ掛かる箇所が出てきます。そうNOVA7000を「人間の頭脳とほとんど同じ様に考え、理性と感情をもつ世界最高の人口頭脳」と「紹介する箇所。1980年代といえば第二次人工知能ブームの最中で、当時の研究者は人間の知性こそ最高峰で人工知能研究とはその模倣方法の開発に他ならないと無邪気に信じていたものです。しかしこのアプローチでは一定以上の成果を上げる事が出来ず、次第に失望がつのってブームは終焉の方向に。

1980年代に入り、家庭にコンピュータが普及したことにより第二次ブームが発生しました。

第二次AIブームの特徴として「エキスパートシステム」が挙げられます。

「エキスパートシステム」とは専門家の知識をコンピュータに教え込みことで現実の複雑な問題を人工知能に解かせることを試みたシステムです。

第一次ブームと比較してコンピューターの小型化・性能が高まっており、ある程度はこれらの試みは成功しましたが、知識を教え込む作業が非常に煩雑であること、例外処理や矛盾したルールに柔軟に対応することが出来ませんでした。

日常世界を見渡してみると、これらの例外処理や矛盾したルールは非常に多く、知識を教え込む作業が非常に困難なことから、第二次AIブームは自然に消滅へと向かってしまいました。

上掲「人工知能AIブームの歴史」

この意味合いにおいて、真のゲームチェンジャーとなったのはIBMのディープブルー(Deep Blue)でした。このスーパーコンピューターはただ単に1997年にチェスの世界チャンピオンを破っただけではありません。「人間の知性こそ最高峰と崇め、それに少しでも近づこうとする」フランケン博士的アプローチを放棄し、純粋にコンピューターの演算能力を最大限引き出すアルゴリズムを追求した結果「人間の知性」に勝利。その事そのものが時代のブレークスルーとなったのです。

1秒間に2億手の先読みを行い、対戦相手となる人間の思考を予測する。予測の方法は、対戦相手(この場合カスパロフ)の過去の棋譜を元にした評価関数(指し手がどのぐらい有効かを導く数式)を用いて、効果があると考えられる手筋すべてを洗い出すというものである。

表向きの使命はチェスで人間の世界王者に勝利するというものであるが、その背景には、より知能的な問題処理能力、高速な計算能力、莫大な量のデータマイニングといった多くの分野に貢献するという目的もあった。実際にIBMは、この研究を通して得た技術を自社製品などに適用している。

上掲Wikipedia「ディープブルー(コンピューター)」

そして、ある意味その時から人類は前人未到の領域に踏み込み、遂にセル数が$${2^{10000}=10^{30}}$$を超えてからが本番の大規模言語モデル(LLM)なる巨大深海生物と邂逅する展開を迎えた訳です。これが私のいう「分布意味論の時代」の基本骨子。それが何処に漂着するかは、現時点では誰にもわかりません…

現状については、そういう回想の仕方もある事が示せた時点で以下続報…

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