書評「加速する社会」ハルトムート・ローザ著

私たちが生きる現代社会。至上命題である会社の業績を成長させるため、GAFAMの破壊的イノベーションに追いつかれないよう大量の会議をこなし、より効率的なサービスをリリースするため「非効率なフィールド」を血眼になって探すというのが多くのビジネスパーソンがおかれた現状ではないだろう。

1秒でも速く走って、1ミリでも大きく成長させる。

長年続いたそうしたトレンドであるが、2010年代あたりから行き詰まりを感じる人も増えているのではないだろうか。例えばビッグテックの代表として世界を「加速」し続けてきたGAFAMは業績が頭打ちとなりつつあり[1]、コロナ禍でモノづくりの供給力が衰えた結果インフレーションが表面化した。

ハルトムート・ローザ著『加速する社会』は「加速」という現象を近代社会に本質的な現象と位置づけ、その構造を分析するとともに、加速が行き着いた先にある現象を「超高速静止」と定義した名著である。本noteの目的は、同書を通じて我々が生きる社会のフロントラインを見出すことにある。

加速する社会 近代における時間構造の変容 | ハルトムート・ローザ, 出口 剛司, 出口 剛司 |本 | 通販 | Amazon

加速とは何か

筆者はまず、加速という現象を  1. 技術的加速   2. 社会変動の加速  3. 生活テンポの加速  に大別し、それぞれについて定義を行っていく。

まず、1. 技術的加速について筆者は以下のように述べる。

なんらかの意図に基づく、技術による、そして何よりもテクノロジーによる、(つまり、機械の力による)加速である。これに関する典型は輸送、コミュニケーション、(財・サービスの)生産プロセスである

p 87-88

これは分かりやすい。人力でトンネルを掘っていたのをシールドマシーンが置き換えて「加速」したり、レストランの調理を機械化して「加速」したりといった試みがそれにあたるだろう。

筆者はさらに、輸送手段の高速化や情報伝達の高度化によって空間的な距離が昔ほど問題視されなくなり、代わりに時間が重要になったと指摘する。

空間の優位から時間の優位への転換が生じた

p 89

移動・輸送・伝達手段の発展により空間が「消滅した」という筆者の指摘は非常に興味深い。空間の縮小・消滅はより多くのカネを稼ぐために不可欠であることは言を俟たないが、一方であらゆる人・コミュニティがグローバル市場での競争にさらされることを意味しているからである。

プチ・インフルエンサーのポンデベッキオさんはnoteの記事で、以前なら「村の勇者」として尊敬されたであろう人々がインターネットの普及によって世界レベルでは凡人であることが可視化されてしまい、結果として人々がロマンや夢を持てなくなった、という趣旨の主張をしていた [2]。

実はこの現象こそ、「加速」現象の典型的な類型なのではないかと私には感じられる。超高速で空間的移動が可能になったがゆえに、回りまわって「未来」への期待が持てなくなるという点で、本書が主張するところの「超高速静止」と理解すべきだろう。

つづいて2. 社会変動の加速 についてみていこう。少々長いが本文から引用する。

社会変動の加速を(…中略…)現在の収縮という概念を用いて定義することを提案したい。(…中略…)現在とは、経験の空間と期待の地平(…中略…)が変化することなく同一のままである、持続性ないし安定性をもつ期間であると定義される。このような期間のなかでのみ、人は生じた経験のなかから現在および未来に対する推論を引き出すことができる

p. 94

筆者の趣旨とはズレるが、2015年ごろからBREXIT、トランプ大統領当選、コロナ禍、ウクライナ戦争などこれまでの常識では考えられない事件が立て続けに起こっている。「今日は昨日と全く違う世界であり、明日には今日とは全く違う世界になる」という感覚はいまや多くの人に共有されていると思う。つまり、「今日」という期間が凄まじい勢いで短くなっているのである。(=現在の収縮)

現在が収縮するとは過去化の加速と同義である。例えば、30歳以上の人の若い時代には携帯電話は普及していなかったが、あらゆるものがスマホに結びついた現代にあってはもはや以前の生活を思い出すことも困難である。実は、現在の収縮=過去化の加速はイノベーションと密接な関係にある。

近代の社会は社会的および文化的な面での「過去化の速度」が上昇することによって、あるいは社会文化的な「イノベーションの圧縮」がますます進行することによって、(…中略…)現在の圧縮が絶え間なく生じ続ける社会である

p94

ちなみに、本書の第8章では加速が資本主義的な要請であることを明らかにする。労働者にとっては単位時間当たりの生産性を高めることで労働の剰余価値を増やすことができ、企業にとっては他社に先駆けてイノベーションを起こすことで多くの利潤を得ることができる。そうして得られた利潤は資本の再生産を可能にするのである。

最後に、3. 生活テンポの加速 についてもみていこう。筆者は次のように定義する。

単位時間当たりの行為エピソードと体験エピソードの双方ないしいずれかの増大

p96

昨年のことであるが、最近の若者はコンテンツを倍速で見るという本が話題を呼んだ[3]。限られた時間で大量の行為・体験エピソードを獲得しなければならないため、コスパ・タイパをとにかく重視しているのである。

超高速静止とは

1. 技術的加速   2. 社会変動の加速  3. 生活テンポの加速 が行き着く先にあるものとして、筆者は「超高速静止」という興味深い概念を提起する。

高い変化率によって組織にとっても個人にとっても、適応圧力がいっそう強まるという動かしがたい事実である。あたかもそうした適応圧力によっていたるところで、たんに急というだけではなくむしろ(いろいろな速度で)崩れていく地形、つまり「地滑りを起こしている急斜面」の上に立っている、あるいは下りエスカレーターの上に立っているときに味わうような気分を感じさせられる

p386-387

近年、年功序列と終身雇用を墨守してきた日系企業がついに雇用制度改革に舵を切っている。世界中の企業がイノベーション戦争に明け暮れる現代社会では、いかに優秀な人材を獲得するかが死活問題であり、そのためには年功序列のような旧来型人事制度が足枷となるのである。企業が推し進める加速でひどい目に遭わないためには、労働者は必死にスキルを磨き高い生産性を実現しなければならない。超高速静止とは、まさに現代の日本のど真ん中で起こっている現象なのである。

超高速静止には別の側面もある

娯楽産業によって、最小の時間とエネルギーの投入により即席の満足を約束する文字通り「魅力的な」体験の可能性が数多く生み出される環境のなかでは、長期的な安定的条件のもとでのみ果実を生み、相当の時間とエネルギーを事前に投入する必要がある行為はもはや実行されないという事態が生じている

p401

2022年の名著『先生、どうか皆の前でほめないで下さい』では、リスク回避的な現代の若者たちが、なるべく目立たないようにしながら僅かな持ち分を保守して生きる姿を活写して話題を呼んだ。同書では社会を生きる大人たちが挑戦せず失敗をおそれていることにその原因を求めていたが、根本的には「超高速静止」という前代未聞の事態に対する、人間のある種の防衛反応なのではないだろうか。

引用文献

[1] アマゾンが7年ぶりの赤字に転落…なぜIT大手で「想定外の業績悪化」が次々と起きているのか【2022編集部セレクション】 既存のビジネスモデルは、「web3」という大変化に耐えられるか | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

[2] 村勇者の転落と不戦敗の時代|ポンデベッキオ|note

[3] 映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形 (光文社新書) | 稲田 豊史 |本 | 通販 | Amazon

[4] 先生、どうか皆の前でほめないで下さい: いい子症候群の若者たち | 金間 大介 |本 | 通販 | Amazon

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?