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末井昭さんの『自殺会議』を読んで

以前このnoteで少し紹介した末井昭さんの『自殺』がすごく面白かったので、最近その続編の『自殺会議』を買って読んだ。
『自殺』は末井さんのエッセイ形式だったけれど、続編の『自殺会議』は対談形式になっている。どちらも「自殺」(末井さんは「自死」ではなくあえてこちらの表現を使っているとのこと)という単語をタイトルに冠していて、本の中身ももちろんその話題を中心にしているけれど、読んでいて全然重苦しい気分にならず、むしろ心が軽やかになる不思議な本だ。

末井さんのことを知ったのは、彼の半生を描いた『素敵なダイナマイトスキャンダル』という映画を観たのがきっかけだった。末井さんがもともと風俗店の看板描きや『ウィークエンドスーパー』などエロ雑誌の編集をやっていたこともあり、劇中は過激なシーンが多いものの、エロ雑誌のモザイク処理を巡って警察と末井さんがやり合う場面はかなりコミカルで面白い。
その一方で、映画全体には死を想起するような陰鬱な雰囲気が漂っている。それは、この映画が末井さんの自死遺族としての原体験をベースとしているからかもしれない(末井さんのお母さんは彼の幼少期に近所の若い男性とダイナマイト心中をして亡くなっている)。

映画を観てすぐ図書館で『自殺』を借りて読み、衝撃を受けた。といっても、本の内容がショッキングだったという意味ではない。こんなにも率直に自殺のことを語れる人がいるんだなぁというおだやかな衝撃と感動だった。
これまでにも自殺に関する本や文献、ネットの記事をたくさん読んできたけれど、自分自身が普段抱えている気持ちとは少し温度差を感じるときもあった。私は母を自死で失っているし自分が自殺未遂をしたこともあるので、恐らくそういった話題の当事者であるはずだ。それなのに、自殺に関する文章やデータを眺めていると、なんとなく他人事のような気持ちになってしまう。自殺というテーマはいつも私の日常のなかにあるけれど、本やデータのなかに立ち現れるその世界はなんとなく自分の生活とは離れた場所にあるような感じがした。

ところが、末井さんが書く自殺の本は少し違った。末井さんの文体はとても軽やかで飄々としている。対談相手が語った内容に対するコメントなんかも表現がかなりストレートで、ときに辛辣に感じるほど率直な感想を綴っている。自殺の本なのに、思わず笑ってしまうような箇所がいくつかあった。
けれど、末井さんは決して自殺を軽んじたり、それをエンターテイメントにしようとしたりはしていない。末井さんにとって自殺というテーマが日常の一部としてあるからこそ、素朴な言葉でそれを語れるのだと思う。

『自殺会議』では、様々な人との対談を通じて末井さんの自殺に対する考え方が揺れ動く様子も率直に描かれていて面白かった。
そのなかでも印象的だったのが、「自殺をしてもいい」という考えを持っている女性との対談のあと、末井さんがその感想を語った場面だった。彼女との対話を通じて「自殺をしてはいけない」というご自身の考えを揺さぶられながらも、末井さんは最終的にこのように語っている。

岡さんの話を聞いていると、「自殺してもいいんだ」という気持ちについついなってしまいそうになるのですが、やはり「自殺はしないほうがいい」と、僕は思います。…自殺してはいけない普遍的な理由は、おそらくないのだと思います。あるのは、「あなたに死んで欲しくない!」という思いだけです。…だから死なないでください、お願いします。
(末井昭『自殺会議』,朝日出版社,2018年,p99)

末井さんのこの言葉は、私が普段自殺に対して思っていることと重なったのでとても腑に落ちた。死にたいという気持ちを決して否定しないし、私もそういう気分になることがあるものの、それでも死んではいけないと思う。その理由を用意することはできないけれど、あなたに死んでほしくないとは思っている。ただそれだけなのだ。

末井さんの本を読んでから、自殺というテーマを日常的な言葉で率直に語ることの大切さを改めて感じた。もちろん、それについて語りたくない人、聞きたくない人もいるだろうし、そういう人たちへの配慮は必要だとは思う。けれど、万人に対して配慮することばかりを考えているとそれを語る言葉も当たり障りのない空虚なものになってしまうし、自殺というテーマが日常的な空間から遠ざけられてしまう。そしてそれは結局、自分自身の体験や気持ちを語りたいと思っている当事者の口を塞いでしまうことになるのではないだろうか。

とはいえ、日常的な場面でこういう話題を出すときには私自身も相手を選ぶし、うっかり話してしまってなんとも言えない気まずそうな反応を返され、「この人に話さなければよかった!」と後悔するようなことが最近もあった。
こういうことが少しでも減るといいのになぁと思っている。社会全体を変えるのは難しいことだけど、少なくとも私自身が、「この人には話してもいいかな」と思ってもらえるような人間でいたい。
そのためにも、辛そうな人がいたら見て見ぬふりをしないで、自ら手を伸ばそうと思う。末井さんみたいに、「あなたに死んで欲しくない!」と率直に言える人になりたい。誰かのために「死んで欲しくない」と願うことは人助けなんかではなくて、自分自身のなかにその言葉を反響させるための手段でもあるのだ。

*自分自身と切り離せないほど大切な人を自死で失った人へ。あなたの気持ちを語れる場所があります。興味がある人はこちらの記事も覗いてみてください。

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